メイクアップ
* Sideイスズ
「はあ」
晩餐の招待当日。
本日の私は他人から羨まれるような贅沢三昧ながらも、正直に言って、疲労困憊でしかない。
早めの昼食を取って、迎えに来てもらったソレイユさんと共に高級ブランドのスイレイに出向き、併設されているスパでナナコさんと合流した。
ものすごく緊張していた私の体は、恥ずかしがる余地なくゴシゴシ擦られ、揉みしだかれ、潤いと香りを補填されて、ようやく解放された。
気持ちのいい瞬間がなかったとは言わないけど、まず口からこぼれたのは「疲れた」だ。
「まだまだ、これからが本番ですよ」
担当のジュライさんに言われて、強張った顔で頷くしなかい。
休憩室でナナコさんと別れ、着替えのための個室へと案内される。
ちなみに、スパは女性専用なのでソレイユさんとは入る時点で別行動で、付き添いと言えども騎士としての支度が向こうにあるとのこと。
一応、兄経由で、スイレイ周辺の見回りを強化しているとは聞いているのだけど、なんの危険もない一般庶民のための過剰な私的流用はどうなのだろうと逆に心配になってしまったものだ。
「どうぞ、こちらへ」
素敵な笑みのジュライさんに導かれた室内には、本日の私を着飾ってくれる一式が揃っている。
ここで苦労するのは人生初のコルセットくらいだと気合いを入れるはずが、どどんと吊るされているドレスを見て呆気にとられた。
「あのー、部屋、間違えてますよ」
「いいえ。間違えてませんので、ご心配なく」
「いや、でも、だって……」
否定されても、否定し返したくなるほど動揺してる私は悪くない。
昨日、選んだドレスは、疎い私でも少し地味だなと思えるものだった。
夜空を思わせる素敵な印象ながら、全体的なデザインという点ではフリルもレースもない、シンプルすぎる素っ気なさ。
それでも最終的に決めたのは、お茶会で着たものに似た作風だったのと、候補を見繕ってくれたソレイユさんの視線が一番長く留まっていたから。
だから、これくらいの方が気後れしないで着られるだろうとの配慮なのだと信じていた。
なのにだ。
今、目の前にあるのは鮮やかな黄色のレースをアクセントに加え、スカートにあった控えめな刺繍にはキラキラしたビーズが遠慮なくくっついていて、おまけに肩口の布が切り取られてしまっていた。
まさに、お城へ出向くのに相応しいドレスではあるけど、着る人には似つかわしくない代物に変貌を遂げている。
「完全に、別物になってますけど?」
「これが完成形なのよ。ソレイユには事前に説明していたから問題ないわ」
「私に言ってくれないと、意味がないと思うのですが」
「でも、あなたはソレイユに任せたのではなくって?」
ささやかな抵抗も、返り討ちにされただけ。
「大丈夫。あなたが任せたソレイユを信じなさい」
「うぅ……はい」
今夜のことで変更なんてできないわけで、観念するしかない。
「そうそう、特別扱いで優先させたから、気前のいいお客様でよかったわね。自腹だったら、相当ふっかけられる所業よ」
ふふふと笑いながら語られた内容は、ちっとも緊張を和らげるものじゃなく、ぎゅうっと締めらつけられ、むににと寄せて上げられしながらドレスの下地ができると、ヘアメイクに突入。
いい匂いのするあれこれを塗り込まれ、重ねられ、頭には複雑な技巧でまとめられていく。
最後にドレスと宝石類を身につけ、多少の調整をして、ようやく、ようやく完成した。
「イスズ様、いかがですか」
全身を写す鏡で確認させられて、誰? とまでは思わなかったものの、自分至上一番の美人に仕上げてもらったものだとプロの仕事に感心してしまう。
派手に変わっていたドレスも、実際に着てみると、それほど違和感なく見えるから不思議なものだ。
仕上げに、背後からジュライさんに肩を抱かれ、一緒に鏡を覗きながら魔法をかけられる。
「あとは、姿勢と笑顔。それさえ忘れなければ、あなたは素敵なお嬢様よ」
それに応えるよう、頑張って笑った。
間もなく、ナナコさんも用意ができたと知らせが入ったので合流することにした。
「あら、イスズにしてはいいものを選んだじゃない」
真っ先に下されたナナコさんのスパイシーな感想も、耳には入らなかった。
思わず胸の前で手を組んでしまうくらい、最高にときめくのに忙しかったから。
そんな目の前で、ナナコさんがふぁさりと髪をかき流す。
「ふふ。いいでしょ、魅惑の縦ロール」
「はい、とっても!!」
お嬢様定番の髪型を得意げに自慢するナナコさんは、上品かつ可愛らしく自分のものにしている。
真っ赤で情熱的なドレスも、専用に誂えた一着にしか見えない。
女子力のないマニアックな地味研究員だけど、見る分には憧れが人一倍で、いかにもな定番には最高に弱い私のドストライクだ。
「はぁ、素敵すぎる」
ため息吐息でうっとりと眺めてたら、 背後から咳払いをされて我に返る。
「黒騎士様……」
うっかり呼んでしまうほど、ソレイユさんの騎士服姿には優美さがあった。
まだ、記章も最低限の黒服ながら、しなやかな体躯と隙のない物腰は他を圧倒する風格すら持ち合わせているみたいだ。
「イスズさん、とても綺麗です」
ストレートな誉め言葉を贈られて、呆然と見とれてしまっていた自分に気づく。
というか、これまでの業界人らしからぬ表現に驚きだ。
おかげで、やや遅れてやってきた恥ずかしさに、どばっと汗が吹き出る。
せっかくスパで磨いてもらった後だというのに、自分では止められそうになくて困る。
「ソレイユさん。いまからイスズを動揺させないでくださいよ」
「そんなつもりはなかったのですが……ナナコさんも、いつも以上に華やかですね」
「ふふ、ありがとうございます。ソレイユさんも素敵ですよ。それじゃあ、迎えが来る前に軽く打ち合わせしましょうか」
ナナコさんの提案に、慌てて赤くなった顔を引きしめにかかる。
ジュライさんが控え室として用意してくれていた個室サロンの扉が開かれると、予想外なことで驚かされた。
「ジェット!?」
昨日のやりとりを思い出して、思わずソレイユさんを見上げる。
「少しでも、緊張がほぐれたらと思いまして」
ばつが悪そうに苦笑するソレイユさんから、満面の笑みのジェットに視線を戻す。
ぱたぱたと駆け寄ってくるいつものことに、ほっこりと和らいだ気がする。
「イスズさん」
にこにこと私の手を取った甘えたがりのジェットは、しかし、いつもとは違うことをしてくれる。
両手ごと持ち上げると、親指の付け根あたりに軽い口づけをして、上目遣いに少し甘めの悪い顔をした。
「僕のためじゃないのが惜しいくらい、綺麗です」
ソレイユさんと同じ言葉ながら、多少の独創性を加えた褒め口上は、少々以上に動揺させる効果が抜群だ。
具体的には、せっかく引っ込ませた謎の汗を、再びどばっと噴出させる事態を引き起こした。
「ちょっと、ジェット。冗談はやめてよ」
せっかくの癒し要員が、ぜんぜん役目を果たしてくれないから混乱する。
「ひどいな、冗談じゃないのに」
大げさに膨れっ面をしてみせる可愛いジェットは、表情とは裏腹に男の子っぽく見えて、やけに心臓が騒ぐから戸惑いしかない。
「あの、ジェット?」
「約束通り、緊張をほぐしにきましたから笑ってください」
あっという間に普段のジェットになったから、気のせいだったと心臓を頑張って落ち着かせる。
「ところで、ジェット。私には一言もないわけ?」
腰に手を当てたナナコさんの要求に何を言うかと冷や冷や見守れば「本物のお姫様みたいですね」と、微妙なところに突っ込んだ褒め方をする。
「あんた、いい性格してるわよね」
「本物のお姫様には、こんなこと言いませんよ」
「……ほんと、いい性格してるわ。だったら、庶民の私達が困らないような情報を持ってきてくれたんでしょうね」
「もちろんです。イズクラの情報網は確かですから」
ナナコさんは自信満々のジェットから、なんでか私に視線を移してきた。
それから、しみじみと感想をもらす。
「そうよね。私なんか、イスズに比べたらよっぽど小者だわ」
ナナコさんの物言いたげな流し目に気圧されて、何がどうして自分は小者じゃないのかとは聞き返せなかった。




