お客様
* Sideイスズ
「職員以外に出入りする人はいますか」
騎士様は真面目らしく、必要なことだけ聞いてくる。
「出版社の人か、所長の客人くらいですかね。必ず受付を兼ねた事務所前を通ってきますけど、客人自体あまりないです。あ、あと、事件簿を持ってくるワラさんくらい」
「事件簿ですか?」
「正確には、事件簿未満の調書ですけど。ああ、そう言えば、ワラさんも騎士団の一員ですね」
「え?」
「フルネームはワラント・ベアさんですよ」
いつの間にか片腕を掴んでくっついてきたジェットが、下から睨みつけるように説明を横取りした。
「もしかして、熊殺しの異名を持つ、あのワラント・ベア隊長ですか!」
「今は、ただの後方支援だと本人が言ってますけど」
意外な繋がりに驚いている騎士様に、なぜかジェットがフフンと自慢気な顔を向けている。
「イスズさんは、あちこちに大物のファンがいるんですよ」
「ちょっと、ジェット。変な印象つけないでよ」
「いーじゃないですか。本当のことなんだから」
いつものように可愛い顔で絡んでくるけど、お客様の前ではやめてほしい。
オタクが身内で盛り上がってる時ほど、一般人との温度差ができるものはないんだから。
ほら、見なさい。
あのドン引きした美貌の哀れさを。
なんて考えてたら、赤毛のクリップがジェットの首根っこをつかんで引き剥がしてくれた。
「これ以上はアウトだ」
「ぶー」
口を尖らせて文句がありげなジェットは、傍目で見ていても無駄に可愛い。
「あ、ジェット。そういえば、来た時、叫びながら入ってきたけど、何かあったの」
「イスズさん。何があったか聞きたいのはこっちです。イズクラの情報網で、イスズさんが変な男に付きまとわれているって聞いて、慌てて来たんですよ」
「あー、それはまあ、なんていうか……」
大げさに心配症のジェットなので、できれば黙っておきたい。
「気絶している男を担いだ黒髪の怪しい野郎が、迷惑そうなイスズさんの側をぴったりくっついて歩いていたって」
「……」
思っていた情報とはちょっと違ったけれど、説明が面倒なことには違いなかった。
「その怪しい野郎って、どう見てもこの人ですよね」
「ちょっと、色々あって……。でも、騎士様は任務をこなしただけで、何も怪しいことはしてないんだから誤解のないように。クラブのメンバーにもちゃんと訂正しておいて」
「でも、それってつまり、騎士が出張ってくるような事態に陥ってるってことですよね」
「う、それは……」
読みの深いジェットに言葉をつまらせていると、研究室の扉が勢いよく開かれた。
やってきたのは、リア充事務員のナナコさん。
「ちょっ、今日はどうなってんのよ!!」
なんのことだと聞き返す前に、何が起きたのかがわかった。
「皆様、大切な研究中にお邪魔して申し訳ありません」
楚々としてぱっちりした瞳を瞬かせたのは、セレブ雑誌で表紙を飾りまくっている王族きっての美少女お姫様、モモカ・リーベンデールだった。
ふわふわした明るい髪に白いレースのドレスを身にまとい、控えめでおしとやかな仕草は、正に女の子の中の女の子。
「わぁ、超絶かわいい」
うっとり眺めていると、後ろから物音が聞こえた気がした。
「まぁ、ヴァン様。奇遇ですね。訓練場にいらっしゃると聞いていたのですけど、こちらにはどんなご用件でいらしているのですか」
理想のお姫様と知り合いなんて羨ましいと振り向いてみたら、その騎士様自身は顔を真っ青にして固まっていた。
見るからに尋常じゃない様子に心配したところで所長が顔を出した。
「モモカ姫、なぜこちらに……いえ。ここは手狭な研究室ですので、ぜひ、応接間にいらしてください」
「そんな、わたくしが勝手に押しかけてしまったのに申し訳ないですわ」
「遠慮なさらないでください。黙って帰せば、会長にお叱りを受けてしまいますから。それに、あなた様をもてなすことは大変名誉なことですので」
ビービーはお姫様に遜色ない対応で、応接間に案内していった。
「はあ、今日は上客万来ね。って、こうしちゃいられないわ。私もお茶の用意をしないと」
ナナコさんも慌てて後を追って出ていった。
華やかさとは無縁の研究員達は、何が起こったのかわからずに、それらを見送っていた。
「はあ。お姫様って、本当にいるんだね」
と言ったのは小太りのかわいいもの好きなブレッドだったけど、完全同感だ。
あんなお姫様とどんな知り合いなのか騎士様に聞いてみたいと思ったけれど、まだ顔色が悪かったのでやめておいた。
だけど、さっきの怯えは見間違えたわけではなかったらしい。
あれほど強くて雅な騎士様が、何をそんなに怖がっているのだろう。
気になってはみたものの、そんな繊細なところに入り込む関係でもないので仕事に専念しておく。
聞き耳を立てていると、そんなに経たない内にお姫様は帰ったようだけど、ビービーは研究室に戻ってこなかった。
私の方は、ジェットがいつも以上に張り切ってくれたおかげで担当書類が見る間に減っていき、夕方になってビービーが顔を出した。
「今日は全員、定時で終わるように」
「全員ですか?」
「そう、全員だ」
仕事終わりこそマニアックなオカルト研究が楽しめる時間なので、珍しい指令だった。
「それと、イスズ」
「はい……」
「夕飯は外食しろ」
「なんでですか!?」
「今日の分の食材がないからだ」
「そんな……」
「困ることはないだろう。久しぶりの外食だ。しかも、俺が奢ってやる、喜べ」
そう言って、一人分にしては多い金額を手のひらに乗せてきた。
「え、まさか、騎士様と一緒に食べてこいとか言ってる?」
「まさか、一人で食べるつもりだったのか」
そうだけど、そうじゃない。
「駄目です、ありえません!」
すかさず反論したのは、なぜかジェットだった。
「イスズさんは人見知りなんですよ。無駄にデカい野蛮な相手と向かい合ってだなんて、落ち着けませんよ。だから、ここは僕が……」
前のめりで捲し立てた勢いは、頭頂部にビービーのチョップを喰らって止まった。
「こんなのも避けられない内は任せられない」
「……わかりました。とりあえずは、引きます」
そうして諦めをつけたジェットは、今度は私の両手を握って訴えてくる。
「何かあったら、すぐに大声を上げて逃げてくださいね。僕が飛んでいきますから」
「えーと、うん」
「絶対ですよ」
ものすごく真顔で訴えてくるジェットは、果たしてどんなことが起こると思っているのやら。
「そういうわけで、頼むぞ」
ビービーは、まだうんともすんとも答えていない騎士様の肩に手を置いて託してくれるし。
「いえ、私は……」
「騎士ともあろうものが、女性一人で食事をさせるつもりか」
「いえ、はい。承知しました」
こういうやり取りを見てしまうと、騎士道精神を通すのも大変そうだなと他人ごとに同情したくなる。
「特別に個室を予約してあるから、食事中は心配しなくていいぞ」
「ってことは、雪鈴亭?」
「そこなら、イスズも文句はないだろ」
確かに、その店なら食事中の心配がないから反対しようがない。
それに、久しぶりの外食は胸が、お腹が踊ってしまう。
というわけで、間もなく定時にみんなで上がると、騎士様と連れ立って雪鈴亭に向かった。
道で見送りジェットの視線的には、まだ不満があるようだったけれど。