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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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羨望


※ Sideソレイユ



んん?


背中に違和感を覚えた。

なんだろう。


背中には、相乗りしているイスズさんがいる。

後ろから抱きつかれるのは、前に抱えるよりも緊張する気がしていたのだけど、想定していたより颯爽と続いたので、変に意識をしなくて済んだ。


今朝だって、前夜にあんな不埒な振る舞いで困らせたのに、何もなかったように接してくれた。

相乗りだって、あまりよくない前例があったのに信頼して申し出てくれたのだ。

明日は晩餐会に同行するというのに、ぎくしゃくした間柄にならずにホッとしたものの、どこか、もやもするものが残っているのは何なのだろうか。


とにかく、背後に乗せると安定することは確かで間違いなかったので、姿が見えない点が護衛として落ち着かないだけだ。


早朝なので出歩いている人も少なく、あっという間に研究所近くまで辿り着いてしまった。

夕べのジェットの出迎えを思い出して、二階から見えない辺りを想定し、そこそこ遠い路地で馬を止めた。

が、イスズさんは大人しく背後に座ったまま無言でいる。


「イスズさん、到着しましたよ」


首を回して声をかけ、そこで初めて違和感の正体を理解した。

イスズさんは自分の背中に頭を寄せて、ぴたりと寄りかかっていたのだ。


「あ、もう着いたんですか」


顔を上げたイスズさんとの思わぬ至近距離に著しく体が緊張する。

ところが、イスズさんは赤面もしないで馬から下りた。


「? ソレイユさんは下りないんですか」


「いえ……」


戸惑いながらも馬から下りれば、先に歩き出すイスズさんの体には緊張がない。

何事もない、ただ都合により相乗りしていただけなのだから、それが好ましい状態なのだけど、なんだか腑に落ちない。


「イスズさーん」


明るい声に顔を上げれば、研究所の二階から身を乗り出して手を振るジェット少年がいて、呼ばれたイスズさんは苦笑しながら口に指を当てる。

朝早いので、ご近所を気にしているのだろう。

それが伝わったのか、無言で大きく頷いた後に窓から引っ込んだ。


裏門に着いた頃には、少々息を弾ませるジェットが出てきていて、イスズさんまっしぐらに突進してくる。


「おはよう、イスズさん」


「おはよ、ジェット」


仲がよさげな二人に、なんとも疎外感を味わいつつ、馬を置いてくると断って場を離れた。


「駄目だな」


緊迫した危険がなくなったせいか、どうにも気が緩んでならない。

また私情で任務に影響を出してしまえば、前回と同じになってしまう。

それだけは、あの人と同列に考えないでくれとイスズさんに訴えた自分がするわけにはいないのだから。


厩を整え、愛馬を数度撫でて頭を切り替えてから裏口に戻る。

すると、扉の前でイスズさんとジェットが談笑していて驚いた。


「うっかり鍵でもかけて、閉め出されちゃったのですか」


「え、間違ってかけても開きますけど」


そう言って、指に引っかけていた鍵を見せてくれる。


「じゃあ……」


何が言いたいのか伝わらずに小首を傾げるイスズさんに、呆れたジェットが解説をしてくれる。


「黒騎士様を待ってたんだろ。イスズさんは、そういう人だから」


愛想笑いのジェットの目の奥に、だから、特別な意味なんてないという釘指しが含まれている気がした。


「そうでしたか。すみません、お待たせしました」


「いえ、いえ。じゃあ、中に入りましょうか」


「どうぞ、黒騎士様」


イスズに続き、自分だけに見せる不機嫌さでジェットが嘲笑う。

ところが、くるりと振り返るイスズから物言いがついて、途端に雰囲気が変わった。


「ねえ、ジェット。ジェットは、どうぞじゃなくて、いってきますじゃないの」


大袈裟に「ええー」と嫌がるが、さっきまでと違って明るい。


「まだ、会ったばっかりなのに」


ついでに、イスズさんの両袖を掴んで食い下がる。


「遅刻するくらいなら、研究所の出入りは禁止にするからね」


「そんなぁ、酷い」


「酷くない。そんな可愛い顔したって、ダメなものはダーメ」


「ぶー」


文字通り、ぶう垂れるジェットに、イスズさんは本当には困っていない様子で膨らんだ頬を突ついて構っている。


「ちょっと、イスズさん。やめてくださいってば」


「だったら、学校行くって言いなさぁい」


「行きますよ。でも、もうちょっとだけぇ」


「ジェットー」


説教中ながら、どちらからも屈託のない笑い声が上がっていた。


一般的には、先輩お姉さんと見習い後輩の微笑ましいジャレ合い。

だけど、ジェットの気持ちを知る自分には、一途に慕う眼差しに含まれた熱意に、ほんのりと羨望が滲んでしまう。

イスズさんへの一定の好意を自覚しながらも、自身には、これ以上育てる気がないからだ。


ただ、ほんの少し、本来の居場所から逃げ出している、この時だけは、護衛として側にいることを許してほしかった。

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