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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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眠りにつく前に・ジェットの場合


∉ Sideジェット



紅茶を片手に所長室から外を見下ろしていると、馬に乗った黒い影が裏口に回ったのが見えた。

それを目を細めて睨みつけてから、迎えに向かう。

裏口を出れば、男はちょうど厩に到着したところだった。


「どうして君が?」


長い足で軽々と降りる仕草が、身長が足りなくて騎士養成学校に入り損ねた僕への嫌味のようだ。


「黒騎士様こそ、ずいぶんと遅い戻りじゃないですか」


「……所長はどうしました?」


「休みの過ごし方まで干渉するつもりはないってさ。それより、こんな時間まで何してたんだよ」


「……」


堅物の黒騎士様に限ってと高を括っていたけど、思わぬ無言を返されて焦りがわいてくる。


「夕飯をご一緒してきただけです。待たせていたのなら、申し訳なかった」


落ち着いて、そつなく返されたが怪しい。

そう思ったものの、クレオス隊長が食事に呼ばれているのを知っていたから、どこか外で食べてきたのだろうと、ひとまず流しておく。


「もしかして、これらの用意をしてくれてたのは君が?」


黒騎士様の足元には水や餌草、ブラシなんかが揃えてある。

もしかしなくても、僕が用意したものだ。

待っている時間が長すぎたせいで。


「手伝う」


少しでも早くイスズさんの話が聞きたいからという本音を隠し、返事をもらう前に動く。


元々、騎士希望なので、馬の世話も一通りわかっている。

赤茶の馬にブラシをかけながら、何か言ってくるかと構えてみたけど、こちらを気にしながらも黙々と世話するだけだ。


そんな微妙な様子が気になるのか、馬が興味深げにちらちら首を向けてくる。

馬に罪はないので、自分の愛馬用の角砂糖を少しだけ分けてあげた。


「ジェット君、ビームス所長の許可は得ているのですよね」


馬具を片付けながら聞いてきたかと思えば、無用な心配とか。


「当然だろ」


明日は、ここから学校に向かうので、その用意も持ってきている。


本当なら、来年こそ騎士養成学校に編入するために猛勉強している予定だったけど、そんな人生設計はとうに放り投げた。

騎士になりたいのなら、養成学校は上官を目指すための王道だ。

次点で、見習いとして騎士団に入団となるわけだけど、こちらも予定に入れてない。

どちらを選んでも、研究所を訪ねる時間が極端に減るからだ。


そうなると、直で騎士として入団することになるのだけど、条件は遥かに厳しくなる。

騎士団関係者の複数推薦状に加えて、筆記試験や実技、礼儀作法まで個別にチェックが入るし、そうまでして入ったという実例は極めて少ない。

たいていの騎士は、そんな方法があることさえ知らないだろう。

まあ、イスズさんと過ごす時間の捻出のためなら、僕的には、さほどの困難でもない。


とはいえ、一般学生の身の上でも色々な工作をして、ようやく確保している交流時間だというのに、突発的な騒動のどさくさに紛れて騎士として堂々と侍りだした男が堪らなく憎いのは当然の道理だ。

一応、護衛としての役目だけを務めていたので目をつぶっていたものの、休日まで付き添っていると思ったら見逃せない。

それで所長に直談判して、護衛の報告義務を受ける立場を苦笑しながら譲ってもらったのが現状の真相だ。


そもそも、イスズさんを悩ませていた元凶が判明し、ガッツリお灸を据えられた後なので、所長には詳細な報告を受けるつもりが最初からなかったことは、もちろん伝えるつもりがない。


「今日の報告は、イズクラの会長として僕が聞かせてもらう」


会長という肩書きを前面に、偉そうに報告を受けるための方便を口にして、困惑している黒騎士様が紙袋を持っているのに気づいた。

すると、何を持っているのか訊ねる前に、背後に回して隠される。

怪しい。


「あっ、その、明日の朝食なので……」


気まずげに言い訳してくる姿に呆れる。


「取るわけないだろ。僕は、一人で済ませたし、朝は外で買う」


一人で、と余計な形容がついて出たのは、イスズさんと一緒に食べてきたのだろう男への嫉妬に他ならない。

こういう余裕なさが意識されない要因だとわかっていたって、目指している先をすでに確立している相手ともなれば、どうしたって焦りを感じる。


「世話が終わったのなら、話は中で聞く」


先に研究所に入ると、黒騎士様は紙袋を後ろに回したまま続いた。


「それで、今日はどこで何をしてたんだ」


じっくりと会話するのも癪なので、どこの部屋にも入らず、階段前の通路で立ち止まって振り返る。


「……君の場合、私の口から聞くまでもなく知っていそうだけど」


訝しげな黒騎士様の指摘は間違っていない。

イスズさんが挨拶回りと称して、お世話になった関係者に手土産を配っていたことは、お茶の時間に顔を出した本人から聞き出しているし、就業後に味気ない外食をしながらイズクラ情報網でも確認済だ。

しかし、僕が知りたいのは研究所を出た後のこと。


最低限の確認だけして研究所に引き返して来たのは、イスズさんを実家に送ってしまえば用のない黒騎士様は、寄り道せずに研究所に戻ってくるとばかりに考えていたからだ。

なのに、この時間まで戻らなかったのは解せない。


イズクラのメンバーを駆使して見張りをつけておくべきだったと後悔するも、あまりストーカーがすぎると保護者達から会長の座を引きずり落とされてしまう。

それでも、知れるものなら知りたいのが複雑な独占欲だ。

故に、完全無欠な成りをして、どこかずれている黒騎士様から直に聞き出すことにする。


「いいから、教えろ」


苛ついて尖った声に、再び自分の子どもっぽさを自覚する。

けど、向こうは思い出すように考えてから口を開いた。


「夕食を終えて、イスズさんのご実家での別れ際、城からの使者が来て、モモカ姫から晩餐会の招待状が届きました」


知っていることだろうと、手土産を買った辺りからの話を聞くつもりだった僕の頭は、珍しく理解するのに時間がかかった。


「いつ!?」


「明後日です」


「場所は?」


「城です」


「……せっかくの連休終わりが、それじゃあ、なんのリフレッシュにもならなすぎる」


敵の望みを突っぱねて秘密を守りきっていたのはイスズさんの意思だけど、その秘密を知った経緯には僕が関わっている。

保護者の所長とよそ行きの格好を見立ててくれるナナコさん以外を入れない室長室と言う名のイスズさんの私室に、可愛い見習い枠として用さえあれば入れてもらえるというチャンスを逃したくなくて、不審な荷物を進んで運び入れてしまったのだから。


「……くのか」


爪が食い込むほどの悔しさを、覗き込むように首を傾げた黒騎士様が聞き直してくる。


「行くのか?」


気力を振り絞って、しっかりと目を見合わせて問いかける。


「ええ。使者までついた王族の申し出では断れないと……」


「違う。あんたは、ついて行くのかって聞いてるんだ」


「行く。護衛として、最後の任務として」


まっすぐに返された瞳と言葉に、余計に爪が食い込んだ気がした。


「明日の早朝」


思わぬ報告に、一学生でしかない無力さを味わっていたら、話の続きあったようで意識を戻す。


「イスズさんは用があって、研究所に出向くそうです」


しばらく顔を見られないと諦めていた僕には朗報だ。

けど、意図が読めなくて眉間に力が入る。


「お土産は受けとりましたか」


「何?」


話が飛んだ。


「お菓子です」


「ああ、ナナコさんから受け取った……」


みんなの前では渡せないからとナナコさん経由でこっり渡された小さな青い缶で、中には甘さ控えめのクッキーが入っていた。

個別にもらったのはナナコさんと僕だけだと聞いたので、ひとつだけ摘まんで、大事に大事に鞄にしまい込んである。


それとは別にお礼も考えてくれるらしくて、思い出して緩みそうな頬を引き締め、黒騎士様と向き合う。

結局、何が言いたいのか。


「今夜は所長室、ジェット君が使いますか?」


「そんな必要はない」


さすがに、任務中の休息を邪魔したりはしない。


「僕は廊下の長椅子で休むので、お気遣いなく」


「わかりました。では、私からの報告は以上で構わないでしょうか」


「ええ、どうも」


なんだか聞きたかったことを聞けた気がしないけど、明日、イスズさんに会えるのなら別にいいや。


「では、おやすみなさい」


なんの力もない生意気な年下相手に、黒騎士様は頭を下げて階段を上っていった。


「ムカつく」


喉から手が出るほど欲しい体格も立場も手にしている好青年。

あれらを僕が持っていたなら、即刻、正攻法でもって口説き倒すのに。


「……はぁ」


せめてもの救いなのは、黒騎士様が生真面目すぎることとオカルトに興味がないこと。

それに、任務に忠実な騎士だという姿勢だ。

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