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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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眠りにつく前に・兄の場合


§ Sideクレオス



「イスズ、本当に何もなかったんだな」


家に入ってもう一度、念の為に確認しする。


「大丈夫だって。ちょっと戸惑ってただけなんだから」


迷惑そうなイスズは、すでに通常運転だ。


「それより、夜食いる?」


「なんかあるのか」


「スープとサラダなら、すぐ出せるけど」


「じゃあ、頼む」


お腹が空いているわけではなかったのに提案に乗ったのは、イスズが用意してくれると言うからだ。

リビングで剣を外して外套を脱いだら、キッチンで椅子に座って、むむっと思う。


「あいつ、ここで食べたのか?」


「ソレイユさん? そうなんだよね。お兄ちゃんがいたら、色々と話し相手になったんだろうけど、初めての家で一人にするとかないでしょ。だから、仕方なく、ここでもてなしたんだ」


変なもの置いてなかったよね、とかなんとか言っているイスズを尻目に、本日の会食をぶっこんできた上司が憎らしくなる。


「お兄ちゃん、聞いてる?」


しかめっ面でスープを運んできたイスズに、上の空だった発言を聞き直す。


「だから、ソレイユさんが騎士団に戻ったら、お兄ちゃんがしっかり相談に乗ってあげてって話。どこに配属されるのかわかんないけど、優秀な人なんだから手放しちゃ駄目だよ」


「……」


ソレイユの技量は、言われるまでもなく上司の俺が知っている。


「なんで、イスズがそんなことを気にするんだ」


事情や手腕はともかく、いかにも正統派な育ちの、オカルトのオの字も知らない清廉さをかってソレイユを護衛につけたのだ。

まさかと疑う嫌な予感に、瞬きをするイスズは首を傾げて答える。


「お兄ちゃんが派遣してくれたからでしょ」


「どういう意味だ?」


「ソレイユさん、すごくお兄ちゃんのこと尊敬してるんだよ。騎士の仕事に誇りだって持ってるし、ちゃんと復帰してもらいたいって思うのは当たり前でしょ。それに、黒騎士様の最後の任務が平凡以下の護衛じゃあ、申し訳なさすぎるもん」


「それだけか?」


「それだけって、お世話になった人の心配をするのが駄目なの? まあ、私なんかが騎士様の心配なんておこがましいかもしれないけど」


イスズが伏せ目になって落ち込みかけたので、慌てて「そんなことはない。ちゃんと考えている」と返しておいた。


「ごめんなさい、余計なことを言いました。片付けは明日やるから、適当においといて」


ふて腐れぎみなイスズに、もういなくなるのかと思って、明日の予定を聞いて引き留める。


「明日は朝早いから、一緒に出られない。ついでに、晩餐会の対策で手一杯だから、砦に顔も出せない」


「わかった。ゆっくり休めよ」


「隊長さんもね。おやすみ」


向けられた背中に、一日の最後の挨拶に隊長さんはないだろうと思いながらサラダをつつく。


「はあ、まだ治ってないのか」


自分のことながら、どうしてこうなのかと不思議でならない。

イスズに特別な好意を向ける野郎を叩きのめしたくなる悪癖は。


昔は、二人に性別なんてなかった。

血の繋がりがないと知っていても気にしなかった。

イスズほど気の合う相手がいなかったから。


どこに行くにもついてきて、どんな話にも興味を持ち、憧れの眼差しで見上げてくる最高の弟分。

その関係が変わったのは、ぐんと背が伸びて骨が軋み始めていた頃のこと。


「あのさ、今度の休みにイスズを誘ってもいいかな」


遊び仲間の一人が聞いてきた。


「いいんじゃないか。そろそろ、秘密基地の梨が食べ時だろうしな」


そう返した俺に、友人はそうじゃないんだと気恥ずかしげに訂正した。


「二人きりでって、ことなんだけど……いいかな」


今思えば、わざわざ腕っぷしの強い兄貴分の兄に事前許可を求める辺り、浮わついた興味ではなかったのだろう。

当時の俺が、なんて答えたかは記憶にないものの、律儀な仲間の恐怖に怯える顔は忘れられそうにない。

そして、「ごめんなさい」と震えた敬語で謝り去った仲間の姿を見送りながら、渦巻いていた殺意に近い感情を覚えた。

始末が悪いのは、その日から自分の仲間が全員怪しく見えたことだ。


必死に気のいい奴らだと言い聞かせても、ふとした拍子に悪魔が顔を出す。

もうどうしていいのかわからなくて、知っている大人で一番強そうだった母方の親戚に相談しに行った。

全部を打ち明ければ、そのじじいは爆笑しやがった。


「そんなにイスズを取られたくなかったのか」


言われてみると、子どもっぽくて顔が熱くなった。


「女の子として好きなのか?」


そう聞かれると、どうだろうと悩んだ。

だから、正直にわからないと答えた。

ただ、その時に初めてイスズが女の子なのだと意識したのだろう。

そして、自分以外にはイスズが違うように映っているのだとパニックに陥っていた自分に気づいて呆れてしまった。


「落ち着いたか?」


「うん。でも、まだ悪魔が消えてくれない」


「そりゃ、そうだろうな。妹を持つお兄ちゃんっていうのは、そういうもんだ」


「嘘だ。そうだったら、今頃、あちこちで大事件になって大変だよ」


「はあ?」


怪訝なじじいに自分でも怖くなった狂暴な感覚を訴えると、やっと、にやついた口元を引っ込めた。


「クレオス。お前、騎士団に入れ」


それは、どこから引っ張ってきた答えなのかと首を傾げたのだけど、騎士見習いになれば気持ちの抑え方を教えてもらえると説得されて、了承してしまった。


料理は食べるものでしかなかった俺には食事処を継ぐ期待はされてなかったから、見習いだけならいいかと気楽に考えていた。

が、後になって、じじいの子どもがこぞって文官になってしまったので、後継の望みを捨てきれずにいたところだったと知った。

おかげで、正式に進路が決まった時には、養子縁組みまでされてしまったわけだけど。


まあ、結果的に、それでよかったと思っている。

ガキ大将だった自分には騎士団は性に合っていたし、経験も能力も上の先輩方に揉まれるのは楽しかったから。

おかげで、イスズと再会するのが、これまで延び延びになってしまったわけだけど。


会わない間、イスズの周りにファンクラブという名の親衛隊がいるのは知っているし、ジェットは自ら会長として挨拶にきた。

どれも、落ち着いて対応できた。


元々、イスズとどうこうなろうという気は、俺には端からなかった。

イスズから好きだと言ってくれるのなら喜んで応えるだろうけど、俺から誘ってしまえば困らせるだけ。

自分だろうと、イスズの心を曇らせるのは許せない。

よって、イスズを幸せにしてくれるのなら、祝福する心づもりはある。


「しかしなぁ……」


恋愛小説の作家をしている悪友、フェイルに「イスズは大丈夫だろうけど、ああいうガチガチの騎士様に限って、毛色の違うタイプに溺れるのは王道だからなぁ」とからかわれ、任せた上司らしからぬ牽制をしてしまったのは反省事項だ。

なのに、今日の様子を見れば、フェイルの見立てが正しかったようで、ざわざわして仕方ない。


ソレイユは俺が隊長になってから一番気にかけている部下だ。

まあ、隊に入る前から色々あったので当然といえば、当然なのだけど。


あいつは見習いの時から有名だった。

努力家で律儀な騎士向きの性格よりも、あの見た目によって。

おかげで、正式に隊に所属する時に大揉めした。


騎士は全員が王家に従属するとはいえ、長い歴史で築かれた派閥というものがある。

城内や城外といった区分だけでなく、同じ城内でも棟によって対立姿勢のところもあったりして、それらほとんどの隊長がこぞってソレイユを引き取りたがった。

他の隊に自慢するタネとするために。


更に加えて隊長の親族や親しい貴族の婿がね候補としての思惑が絡んできて、下手するとソレイユがどこの隊にも入れないというところまで追い込まれていた。

そこで、良識ある上官達が話し合いを持った結果、背後に年頃の令嬢もなく、特に対立している隊もない俺に白羽の矢が立ったのだ。

個人的には、ソレイユの訓練に真摯な姿勢を見て純粋に仲間に希望していたし、困っているのなら助けてやりたいガキ大将気質もあって了承した。

多少、他の隊からのやっかみは心配はありながらも、良識ある上役が背後について、もののついでと自分が格上げされた展開には驚いたけど。


そうだ。

そのせいで、イスズに会うのが尚更遠ざかったわけだ。

あいつに一因がある。


なんてことが思い浮かんで、頭が痛くなった。


これまで気にしなかったことを恨みに思いかけている。

あの乱暴な悪魔の胸騒ぎに、うんざりした。


「俺は、ソレイユを殺したくないんだよ」


ぼそりと呟いた切実で物騒な発言は、イスズの作ったスープだけが聞いていた。

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