どうしよう
※ Sideソレイ
「大丈夫なわけ、ないじゃないですか」
懐で必死な声音で訴えられて、支えている腕が強張る。
自分は何を……。
ぼんやりと思い返して、青ざめる。
悪気はなかった。
ただ、薄気味悪く精神的に追いつめられたモモカ姫とイスズさんを同列に語るなど、たとえ本人であっても許せなかったのだ。
だからといって、なぜ無断で触れたのか。
騎士にあるまじき失態だ。
すぐにも適正な距離を取らねばと思いながらも、イスズさんは力が抜けているようなので動けない。
しかも、意識してしまった後は、こちらも緊張してしまい、どうしていいのからわからなかった。
近い。
とにかく近い。
緊急時ならともかく、完全プライベートでこの距離は、その気のない自分でもぐらついてしまう。
いや、そもそも、こんなことになったきっかけこそ自分なのだけど。
ぐるぐるした思考で硬直しているだけの自分と違って、イスズさんは着実に己を取り戻そうとしていたらしく、支える腕を掴み返して、自力で立ち上がろうとしている。
そうして、なんとか自立できると睨みつけれた。
が、潤んだ瞳に真っ赤な顔で見上げてこられては、かえって騎士道から外させかねない。
これ以上の失態を冒さないために無理やり視線を外すと、外から馬の嘶きが聞こえてきて、イスズさんがピクリと反応を見せた。
「私が見て来ますから、イスズさんは……」
「お兄ちゃんなので、私が行きます」
そこで、情けなくも、再び体が固まった。
何が、どう動揺したのはわからない。
わからないながらも、騎士としてすべきことは確かだったので、すぐに動いてよろめき歩くイスズさんを引き止める。
「私が確認してからにしてください」
ここは反論される前に動いてしまおう。
ドアに手をかけ、開いていく隙間で、そういえばと思う。
イスズさんの言う通り、クレオス隊長が帰ってきた場合、どう思われるのだろうかと。
そんなことを考えた時には、馬から降りた隊長と目が合っていた。
なぜここにいる?
そんな目をしているのは気のせいだろうか。
何を言ったらいいものか迷っている内に、脇からイスズさんが転がるように出ていき、ためらいなく隊長に飛びついた。
やっぱり、兄が安心できるのだなと見守っていたけど、そんなのんきにしている場合ではなかったと気づいたのは直後のこと。
飛び込んできた勢いに応じて背中に手を回した隊長は、次にこちらに敵意、いや、殺意を向けてきた。
神経が逆立ち、思わず短剣に手をかけてしまう。
これ以上は動くなと己に言い聞かせながら冷や汗をかいていると、イスズさんが隊長の裾を引っ張り気を引いた。
「イスズ、何をされた」
この言いようでは、自分は完全に黒だ。
「どうしよう」
べそっとしたイスズさんが弱々しく訴える。
「お城に招待された」と。
「んん?」
ここで、ようやく殺気が消え、説明を求める上司となったのでホッと息を吐いた。
「先ほど、モモカ姫から明後日に晩餐会へ招待したいと、使者が訪ねていました」
「そうか」
背に当てた手で慰めるようにやさしく叩く隊長は「で?」と続ける。
「こんな時間まで、ソレイユは何をしていた」
「それは……」
やましい経緯はないのに、口ごもってしまうのは何故なのか。
「食事をごちそうしたからだよ。おかげで、使者さんに一人で対応しなくて済んだ」
代わって、イスズさんが答えてくれる。
「そうか」
「ねえ、ソレイユさんについてきてもらっても大丈夫だと思う?」
「そうだな。事情を伝えておけば、問題ないだろう。明日、根回ししておいてやる」
「ありがとう、お兄ちゃん」
一応、まだ頼りにしてくれているようなので、騎士としての信頼を失ったわけではなさそうだ。
しかし、ちらりともこちらに目を向けない辺りが気になるといえば、気になる。
「ソレイユ、助かった。今日はもういいぞ」
「はい。では、失礼します」
帰るきっかけをもらえて助かったと思う反面、名残惜しさが胸で疼く。
「イスズさん、ごちそうさまでした。また明日、迎えに来ますので」
期待せずに声をかけると、おずおずと視線をくれた。
「はい。また明日」
赤い顔でぺこりと挨拶して見送ってくれたので、ほっとして頭を下げ、馬に跨がった。




