ご褒美
※ Sideソレイユ
自分は何も、クレオス隊長と夕食を共にできないからとがっかりしているわけではない。
イスズさんと二人きりで手料理を食べる状況に戸惑っているからに他ならない。
ついでに言うなら、この雰囲気に非常に弱かった。
両親共に各々の世界で第一線を突っ走っている人達だったので、いわゆる家庭的なものに憧れがある。
その憧れが、この家にはぎゅっと詰まっていた。
実は、中に通された時から、こっそりときめいてばかりで困っているくらいだ。
謎の置物が混ざっている飾り棚に、締め切り以外の書き込みが多いカレンダー。
キッチンだって、柱の背比べした跡や消しきれてない落書きが残っている。
そこにきて、エプロン姿に袖捲り。
しかも、突然のことながら、チャチャっと料理を作る手際のよさ。
これで堕ちるなというのが無理がある。
いや、イスズさん自身は、そういうつもりで誘ってくれたわけではなく、こちらも、そんなつもりで乗ったわけではない。
そのはずなのだけど……。
「温かい内に食べてほしいので、ここでもいいですか」
「はい、もちろん」
彼女には重そうな折り畳みの机を持ち出したので、すかさず手を貸す。
「これくらいは、させてください」
「じゃあ、お願いします」
遠慮されなかったので、ここからはクロスをひいたり、皿を並べるのを手伝った。
「これも運んでおきますね」
動きを先読みして申し出ると、ちょっと驚いてからニコッと笑ってくれる。
イスズさんは、すぐにコップを取りに離れたから気づかなかっただろうけど、こちらは密かに非常に感動していた。
なんだこれ、凄くいい! と。
「ソレイユさん、もう全部揃いましたよ」
「あっ、はい。すみません」
返事をして、慌てて顔を引き締めにかかる。
向かい合って座った時には、いつもの自分だ。
「では、天と地の豊穣に感謝して、いただきます」
いつもは省略しがちな挨拶をして、まずは、焼きたての肉から手をつけてみる。
少し匂いを楽しんで、その一切れを口に運ぶ。
「!?」
「あのぅ、どうですか?」
イスズさんが自信なさそうに窺ってくる。
そんな必要ないのに。
「とても美味しいです」
本音だと伝わったのか、ほっと胸をなで下ろしているのが彼女らしい。
その他、タルタルソースのサラダやオニオンスープも、余すことなく美味しかった。
「パンとかピクルスはプロのなので、間違いないですから」
わざわざ、そんな説明をしてくれたけど、それらは特に感銘を受けることもなく喉を通りすぎていく。
「私が作ると、お子様舌用に甘じょっぱい系かシンプルな味つけになっちゃうんですよね」
と、まだ不必要に恐縮するので、こちらは作り方を聞き出して、本当に気に入ったのだと伝えてみる。
「ソレイユさんって、騎士様の宿舎にいるんですよね? いつ料理するんですか」
「たいていは食堂か外食ですけど、時間外の夜食としてたまに」
「ああ、なるほど」
「ですから、本当に大雑把なんですよ。イスズさんのように、こんなに綺麗に盛りつけできません」
「私だって、普段はこんな型抜きとか色どりは気にしませんよ。もっとザックリ作りますから」
「ザックリですか……そちらも、食してみたいですね」
「ちょっと、ソレイユさん。それ、頑張った料理を前に言いますか」
「ははっ、これは失礼しました。でも、本当に食べてみたいと思ったんですよ」
「もう、あんまり言うと、ご褒美あげませんよ」
「ご褒美ですか?」
「はい、ご褒美です」
そう言って、ほとんど皿が空いたテーブルを立つと、取っ手のない小さなカップを二つ持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
コトンとテーブルに置かれたのは、黄色いものが入っている。
「プリンですか?」
「プリンです」
「美味しそうですね」
どの辺がご褒美なのかと、まじまじ見ていたら、なぜか謝罪をされた。
「どうして謝るのですか」
「いえ、その、私にとって甘味はご褒美なんですが、騎士様にとってはどうなのかと思いまして……」
確かに、騎士にとっての褒美は昇進か武具、もしくは金一封しか浮かばない。
「甘味がご褒美ですか。可愛らしい発想ですね」
「えっ!? いえ、世間にはよくある考えなのですが」
「そうですか?」
「ほら、騎士様だとお酒とか、女性のいるお店だとか……」
「意味はわかりますが、全然、可愛くないじゃないですか」
「まあ、そうですね」
そこで、ぷつりと会話が途切れてしまった。
可笑しなことを言ったつもりはないのだけれど。
「イスズさん。いただいても、よろしいでしょうか」
「嫌いでなければ」
許可を得たので、つぷりとスプーンを沈め、掬い上げた綺麗な黄色みを眺めてから味を堪能する。
「舌触りがよく、優しい味ですね。これもイスズさんが?」
讃えたつもりなのに、どうしてだか気まずそうに見返してくる。
「ソレイユさん。実は、もう一つ謝らないといけないことが」
「?」
こちらにしてみれば、この家にお邪魔してから一度も不快なことなどなかったので首を捻る。
「これ、今朝、兄にあげたお礼の残りなんです」
「ああ。隊長も甘いものが好きですからね。そういえば、私がいただいたせいで、ご家族の分をもらった形になるのでは?」
だったら申し訳ないと聞いてみた。
本当なら手土産持参で来るべきところも、内心で相当動揺していたせいか頭から抜けてしまっていたくらいだ。
もし横取りしてしまったのなら、明日にでも、何か用意しなくてはならない。
ところが、そんな心配はあさってなものだったのか、イスズさんは益々恐縮して、顔を真っ赤になった。
「イスズさん?」
「……すみません。二個とも自分用なんです」
弱々しく白状した後は、両手で顔を覆って俯いてしまう。
おまけに、時折、か細い呻き声が漏れてくる。
「ふくくっ」
笑いが込み上げて、堪えきれずに腹筋と肩を揺らして吹き出した自分は悪くない。
だって、こんなの、可愛いらしくて笑うしかないじゃないか。




