好物
前のページのソレイユ視点から始まります。
※ Sideソレイユ
すっかりまいった。
モモカ姫関連で人生最大に追いつめられたと感じていたけど、それとは違う方向で、いま現在追いつめられている。
「そういうソレイユさんは、イスズに気があるみたいですね」
事務員のナナコさんに言われたセリフが、頭の中をぐるぐる回っている。
言われた意味は、鈍い自分でも理解できた。
どうしてか人は男女が揃っていると、 恋仲だと勘繰りたくなる生き物らしい。
それは身をもって経験した教訓だ。
だから、またかと、過去を思い出して胃が痛むはずだった。
なのに、実際には頭が真っ白になり、慌てて脳内を整理した。
イスズを気にかけているというのなら、護衛なのだから当たり前だ。
目で追うのも、見失っては騎士失格だからだ。
特に、前の任務から逃げ出した身としては、今回の護衛に騎士生命賭けていた。
事前に、尊敬するクレオス隊長の大切な人だと聞いていたので、気に入られたいとの思いもあった。
だいたい、前の任務を逃げ出したのは色恋沙汰でうんざりしていたせいなのだから、どう転んでもそんな展開に進むわけがない。
そのはずなのだけど……。
「どうしたんですか?」
イスズさんに問われて、つい視線をそらしてしまう。
「あのー、ソレイユさん?」
「大丈夫ですから、ご心配なく」
そう返したものの、動揺しているのは確かだ。
いや、ある意味、動じていないと言えないこともない。
実は、あまり動揺していない自分に動揺していた。
ナナコさんの言う通りかもしれないと。
それでも、思い入れのある任務の相手だから情が湧いたせいだろうと理性的に落とし込めた。
なのに、事務的に護衛としてこれからの予定を確認をしていたはずなのに、話は妙な方向へ走っていく。
「あの、ソレイユさん。よかったら、うちで食事していきませんか」
なぜ、こうなった?
しかも、返事につまれば、 イスズが気まずさに俯いてしまった。
断れるわけがない。
そうして、複雑怪奇な心持ちでお招きに預かることになった。
近くで乗り合い馬車の停車場を見つけて、今朝、迎えに行ったイスズさんの実家を目指す。
「どうぞ」
変な緊張の中、今朝はくぐらなかった玄関に通された。
「散らかってますけど……って、私も年に一回くらいしか帰らない家なんで、偉そうなことを言える立場にないんですけど」
色々と謙遜しているけれど、そんな必要はなかった。
通されたリビングはクロスのかかったテーブルを中心によく整えられ、横長の飾り棚には動物の置物や洒落た食器が並べてあって、イスズさんが小さかった頃の家族写真も立てかけられている。
「ああ、それ。だいぶ昔のですけど、面影はありますよね」
「ええ、可愛らし……」
「お兄ちゃん」
「え?」
「違いましたか?」
「ああ、そうですね。親御さんとも――」
言いかけて、しまったと思う。
クレオス隊長かイスズさんのどちらかは知らないけれど、どちらかは血縁関係にないのだった。
「ソレイユさん。もしかして、私とお兄ちゃんの関係、知ってます?」
気づけば隣で覗き込んでいて、何に狼狽えているのか自分でも判断がつかない。
落ち着け、なんて話しかけられて――
「ん?」
「どうしました」
「イスズさん。イスズさんと隊長の関係って、承知しているのですか?」
「血の繋がった兄妹じゃないってことですよね。ええ、はい」
あっさり肯定されてしまった。
「家を出る時に、両親から聞きました。でも、寂しいから一年に一回以上は帰ってきて、手紙も書くようにって。あと、お兄ちゃんは昔から知ってたから、出ていった理由とは関係ないとかも先に言われましたよ」
「……」
「やっぱり、ソレイユさんは聞いてたんですね」
「やっぱりとは?」
「廃教会で、二人で話してたじゃないですか。その後、お兄ちゃんについて聞いてきたから、そうかなと思って」
さすがに鋭い。
「お兄ちゃんって、基本的に私を信用してないんですよね。そこに派遣させたってことは、ソレイユさんは、よほど信頼されてるって証拠です」
明るい笑顔に返事を迷う。
打ち明けられたのは、信頼しているというよりも真逆の理由ではないかという雰囲気だった気がするから。
「タイミングよく、私に事情があっただけだと思いますが……」
「ソレイユさんは謙虚ですね」
微妙な認識のずれには苦笑するだけにしておく。
「じゃあ、ソレイユさんは座っていてください。少し待たせちゃうと思うので、これでも読んで時間を潰しててください」
渡されたのは大衆雑誌だ。
いつもは読まないので気分転換にはなるかもしれない。
けど……
「よければ、手伝わせてください」
「え? 料理できるんですか?」
「騎士は、たいていできますよ。いざとなれば、野外で自己調達もしなければならないので、見習いの内に覚えさせられます」
「意外ですね。騎士様になる方達って、お坊っちゃんな育ちをしてそうなのに」
「育ちは人それぞれですが、皆、最初は嫌がります。だから、やる気を出させる、お決まりの文句があるんです」
興味を惹かれた様子のイスズさんに定番のセリフ答える。
「家事全般に精通していれば、女性を口説く武器になるぞ、って」
笑顔で言った直後、どばっと冷や汗をかいた。
「へえ。騎士様でも、そんな文句につられるんですね」
イスズさんは素直に感心してくれただけで済んだけど、自身は気づいてしまっていた。
自分が正に、先輩に唆された通りの展開をやらかしていることを。
いや、自分の場合は、最初から教えてもらえることは何でも学ぶ心づもりでいたのだけれど。
「でも、ソレイユさんに手伝ってもらったら、お礼の意味がないので、暇なら寝ていてください……って言っても難しいですよね」
その通り、初めて通された家で寝ていられるわけがない。
まして、異性で、微妙に意識している相手の前でなんて。
「うーん。でしたら、一緒に台所へどうぞ」
と案内されたのは、一般家庭にしては充実しているキッチンだ。
「驚きました? うち、玄関からはわからないんですけど、裏がお店になってるんです」
「食事処ですか」
「はい。こっちで試作することもあるので、道具や食材は充実してます。ぎりぎり城下町から外れているせいで、知る人ぞ知るって感じの下町食堂ですけど」
「でしたら、無理に作らなくても、そちらで……」
思ったことを言うと、睨みつけるように奥から持ってきた椅子をドンッと置かれた。
「私、食事はゆっくりしたい派なんです」
「はあ」
「常連さんに好き勝手言われて、両親にあれこれ手伝わされるなんて、ごめんです」
「それは失礼しました」
こちらも客商売人の両親を持つ身なので、簡単に想像がついて謝る。
「わかってくれたならいいです。それより、座っててください」
どうやら、イスズさんには最初から手伝わせるつもりがなかったようだ。
「店の味は確かなので、その辺だけは申し訳ないですけど」
などと話しかけながらエプロンをつける姿に「そんなことはないです」と自然に口が動く。
「イスズさんの手作りの方が贅沢ですよ」
「騎士様は、口も上手なんですね」
苦笑しながら腕をまくるイスズさんは、くるりと背中を向けて調理に取りかかる。
そんな背後で、自分は思わず口を塞いで驚いていた。
さっきの発言はお世辞でもおべっかでもなく、まぎれもない本音だったのだから。
「何か苦手なものがありますか?」
「いえ、特には」
まだ少々動揺しながらも、背中を向けられているので平静を装っていられた。
「じゃあ、好きなものは?」
「……」
「ソレイユさん?」
返事がなくて振り向いたイスズさんに、口元を押さえたまま、作りやすいものでいいと返して済ませる。
首を傾げながらも作業に戻ってくれた背中に、ほっと息をついた。
自分の病状は急速に悪化している気がしてならない。
友愛だと確信するどころか、食の好みを聞かれてイスズさんを思い浮かべる自分はどうなのか……。




