要塞訪問
* Sideイスズ
なぜ「はい」と言ってしまったのか……。
いや、あの美貌で迫られたら、私なんかに断りきれるわけがない。
ずるい、ずるすぎる。
ちらりと隣を盗み見たら、にこりと笑い返してくるくらい調子を取り戻したらしい。
さっきよりは全然いいけど、落ち着かないことには変わりない。
憎らしくて、でも文句も言えなくて、その分だけ頬が膨らんでいく。
そしたら、ますますにっこりしてくれるから質が悪い。
これ以上見ていたら何かが壊れる。
たぶん、すでにちょっと壊れかけている気がしないでもない。
※ Sideソレイユ
「イスズさん、私が声をかけてきますよ」
「いいえ。お気遣いなく!」
乗り合い馬車を使うイスズさんに付き添って、城下の外れにやってきた。
ここには大きな屋敷があって、来月には貴族会議が行われる。
しかし、 用があるのは、自分にも馴染みの要塞の方だ。
要塞は騎士団員が管理する厳つい場所なので、親切のつもりで取り次ぎを申し出たのだけど、迷惑だと言わんばかりに断られてしまった。
そういう態度にさせた自覚はある。
昼前の自分もこんな感じだったのだろうと思えば、色々反省もするけれど、強引に明日の約束を取りつけたことは後悔していない。
むしろ、どこか晴々とした気分だ。
「たのもー」
イスズさんの勇ましい挨拶に、護衛として、つかず離れずでついていく。
「クレオス隊長に会いたいのですが!」
「……はあ」
事務当番をしている見習い騎士は意気込んで入ってきたイスズと付き添っているソレイユを見比べた後、目を見開いたまま隊長室にいるはずだと教えてくれた。
女性客が珍しいからか、その驚き呆けた顔と態度に少し不愉快に思う。
「あのぅ、案内は……」
「ぜひ、お願いします!」
「イスズさん。それは私がしますよ」
「いいえ、結構です。ソレイユさんは黙って、ついて来てください」
ぴしゃりと断られて、そんなに気に食わないのだろうかと憂鬱になる。
だいたい、自分が無理にでも約束を取りつけなければ、後日一人でバッグを返しに行く予定でいたのだろう。
あのワンピースを選んだのは私だと知っているのに、着たところを見せるつもりがないのは失礼ではないだろうか。
こんなことを考えていると、ますます鬱々としてくる。
しかし、じめっとした気分は長くは続かない。
とてものんきに考えごとをしている雰囲気ではなくなったせいだ。
「あの、ソレイユさん。ここって、そんなにお客さんが珍重される場所なのですか」
「いえ、そんなはずはないのですけど……」
要塞にだって騎士に用のある一般客もいれば、民間業者や食堂の賄いで女性の出入りもある。
いちいち反応することもない日常だ。
しかも、ここに勤務するのは正規騎士だけでないとは言え、いずれも護衛士であり見習いだ。
規律や礼儀はしっかりここで叩き込まれている。
はずなのに……。
案内してくれる見習いの後ろに続くイスズさんと自分の後に、見物しにきた騎士や見習い達がぞろぞろと湧いて出てきている。
先頭はお客の前だというのに、周囲と背後に目をやるのに忙しそうで、きょろきょろと落ち着きがない。
「えっと、ちなみにご用件は?」
振り返る案内人に、それは最初に聞くべきだろうと先輩目線の自分の前で、イスズは気にした風もなく「挨拶に来ただけです」と簡単に答えた。
「えっ!? 挨拶ですか」
「はい。お礼も含めてって感じですけど」
「お、お礼って、仲介みたいなことだったり?」
「まあ、それも含めてですね」
「やっ、やっぱり!」
「?」
相手をしているイスズさんはわかっていないようだが、ここで自分は察してしまった。
何をどう誤解されて、自分達が野次馬されているのかを。




