合わない二人
※ Sideソレイユ
決意を新たに顔を上げ、それにしてもと考える。
彼女はこれまで出会った中で記憶にないタイプだった。
初対面でこちらの顔に注目するまではありがちな反応だけれど、そこから先は読めないことばかり。
妙に謙遜されて距離をおかれることは立場的にあれど、彼女の場合は心から嫌だと思っている気配がぷんぷんした。
その後の態度でも、全身で迷惑だと言われているようで、騎士とはいえども面白くないものは面白くない。
「いや、待てよ」
状況と立場を鑑みて、ちょっと考え方を変えてみてもいいのかもしれないと考える。
嫌々オーラを出しつつも外出の同行を許し、ビームス所長の指示には従っているのだ。
へたに距離感に気を使うよりは、これくらいの方が今の自分には望ましい環境なのかもしれなかった。
そんなことを考えながら対象者の一歩半後ろを歩いていると、用心深くついてくる男がいることに気がついた。
人数は、一、二、三。
この感じなら、対象者に連れがいるのは計算外なのかもしれない。
それでも距離を縮めてくるのは、標的が久々の外出であり、連れを護衛だとは思っていないせいだろう。
もしくは、よほど焦っているのか。
着替えた時に、目立つ剣の代わりに懐に隠し持ってきた短刀を意識した。
「ちょっといいですか」
「つけられていますよね」
背後からの呼びかけに、彼女は皆まで言わなくても理解していた。
「左右と背後で三人です。とりあえず……」
人の多い通りで様子を見ましょう――と、伝える途中で護衛対象が一人で突っ走りだした。
研究者とは思えないほどの瞬発力だ。
「って、何してるんですか!?」
大通りを走っていくので追っ手も簡単には手が出せないのだろうが、これでは自分までどうしようもなくなってしまう。
「っ、なんのつもりですか!!」
騎士の装備がないのが幸いして、大した引き離されない内に追いつけた。
が、彼女はそれでも足を止めてくれない。
「どうして、勝手に走ったりなんかするんです」
「少し行った先に警備所があるんです。そこに駆け込めば……」
息を切らしながら、こんなことを返してくる横顔は、こちらをまったく見ていなかった。
たぶん、最初から彼女は自分を当てにしていなかったのだろう。
所長の意向に背けないから仕方なく行動を共にすることを許しただけで、実質的にはいてもいなくても変わりなかったに違いない。
気づいてしまうと無性に腹が立った。
その勢いで、護衛対象を危険な脇道に引っ張り込む。
「ちょっ、何考えてるんですか!? しかも、行き止まりって!!」
もちろん、わかって強引に誘導していた。
彼女は突き当りの壁を背に、舌舐めずりした暴漢達がやってくるだろう方向ばかりを怯えながら気にしている。
しかし、こちらが相手にしているのは護衛対象だけだった。
バンっと片腕を横に伸ばして路地の壁に突っ張り、彼女の視界を奪う。
「……騎士様?」
「本当に私を騎士だと思っているのですか」
「え」
今度こそ、嫌でもこちらと向き合ってもらおう。
「現在、私は騎士としてイスズさん、あなたを守るためにいることを理解していますか」
「それは、まあ……」
なんで、よりによって今、そんな話をするのだと困惑ぎみなイスズの意識は、やっぱり背後の追っ手に向いているのがあからさまだ。
なので、さらに視界を自分の体で塞ぐと、至近距離で睨みつけて言い聞かせておく。
「私が側にいる限り、あなたは黙って守られていればいいんです」
そうして、今度こそ騎士として活躍すべく、不審者と対峙した。
* Sideイスズ
「え……」
それは、あっという間だった。
道幅が狭いので、追っ手は三人いても、まとめてかかってこれない。
騎士様があえて誘い込んだにしても、新手のオカルト現象かと思えるくらい鮮やかなお手並みだった。
「うん、こいつかな」
騎士様は完全に気絶している大の男達を見下ろしていたと思ったら、今度は、その内の一人を肩に担ぎ出したからわけがわからない。
「あの、騎士様……」
「こいつを絞れば、少しは狙われている事情がわかるかもしれないので」
「もしかして、研究所まで担いでいくつもりですか!?」
「……これだと、再度襲われたら困りますね。狙っているのが他にいないとも限りませんし」
「いえ、そうじゃなくて」
「ああ、近くの警備所に預けていきましょう。うまく顔見知りを見つけられたら、研究所まで運んでもらえますよ」
「そう、ですか」
これはどうしたものか。
おそらく、捕まったのは下っ端のはず。
ここで制したところで、危険が去った気はしない。
騎士様の実力は噂以上だとわかったし、元凶を突き止めて対策するのも賛同できるのだけど、狙われた事情が明るみになるのをなるべく避けたいこちらとしては複雑だ。
でもって、大の男を肩に担いで平然と街中を歩く人物の連れだと思われるのも実に複雑だった。
「では、参りましょう」
変装しても溢れてしまう美貌の騎士様は、チンピラ風情の男を担いで眩しく微笑む。
何もかもが間違っている気がしてならない。
しかも、できるだけ無関係を装いたいのに、また何かあっては大変だと、ぴったり隣を歩かれるのだから色んな意味で辛かった。
となれば、先を急ぐ方向に転換し、そうかからずに警備所に到着したおかげで妙な注目からは早々に開放されたのだけれど、二人になっても隣を離れてくれなかったので、それはそれで困ったことだ。
「あの、そんなに警戒していたら、いざという時に動きづらくありせんか?」
「ご心配なく。それよりも、突然走り出される方がことですので」
「……」
騎士様の警戒心は、正体不明のストーカーよりも圧倒的に自分に向けられているらしかった。