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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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臨時休日の始まり


* Sideイスズ



「えーと、本日はよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ」


互いにぎこちない挨拶をして、どうなのだろうと思う。


一つ屋根の下で眠り、化粧品やドレスを選んでもらい、お茶会にエスコートしてもらった仲――というと何かがずれてる気がしてならないけど、予想外の延長護衛に戸惑いは隠しようがない。


「何、緊張してるんだ」


軽く笑ってくれたのは、しばらく顔を見ていなかった兄のクレオス。

音信不通でも、いざとなかったら助けに来てくれたのは悔しいながらも嬉しかったけど、素直に甘えるのは柄じゃないから、口に出しては言ってない。


なんにせよ、騎士団の隊長となったところで兄は兄だった。


何もかも解決した昨日の帰りに「じゃあ、久しぶりに実家に帰るか」と言い出した。

ついでだから、イスズも一緒に、と。


「一人だけ休みなのに研究所には居づらいだろ」


そう追い込まれたせいで新年でもないのに実家に帰ることになり、こうして今朝、騎士様には実家まで迎えに来てもらうことになってしまった。

なのに、その騎士様はジェットと研究所に泊まったのだから、おかしくないですかって話だ。


「ソレイユさん。昨日、所長に何か言われたりしませんでしたか?」


「いえ、今回の細かい報告をしただけですよ」


「なら、よかったですけど……」


そうは言いながらも、おもいっきり疑っている。

後でジェットにも確認を取るつもりだから、とりあえず、追及は棚上げしておこう。


「イスズ、今日は何するんだ」


「今回の件で色々動いてもらったみたいだから、各所にお礼して回ろうと思って。後で、お兄ちゃんのとこも顔出すつもりなんだけど、忙しい?」


「だったら、二時頃に来い。その頃になったら手が空くはずだ」


「わかった。差し入れ持ってくだけだから、無理なら顔出さなくていいからね、隊長さん」


「わかってる。イスズこそ、無茶はするなよ」


「そこは普通、無理じゃないの」


「イスズの場合は無理なんて可愛いものじゃ済まないだろ」


「むうー」


素直に膨れると、笑って頭をくしゃくしゃになでられたから怒った。


「ちょっと! せっかく頑張って編んだのに」


「俺が行ってから直せばいいだろ。今日は休みなんだから」


「……せっかくだから、途中まで一緒に行こうって思ってたのに」


「え?」


久しぶりだから、少しでも一緒にいたかったのに、台無しだ。


「だったら、すぐ直せ」


ホントに兄は勝手なことを言ってくれる。


「無理だよ。こんなんでも、時間かけたんだから」


「なら、いつものでいいだろ」


「駄目。失礼のない格好で行きたいの」


「じゃあ、直るまで待つ」


「それも駄目。隊長が遅刻していいわけないでしょうが」


そんなに惜しんでくれるなら、もっと早く会いに来てくれたらよかったのにと妬ましく思う。


「あの、でしたら、私がやりましょうか?」


ここで申し出たのが他の誰でもない、騎士様だ。


「やれるのか?」


「はい、姉達のを手伝っていたので。同じにはならないでしょうけど、似たようにはできると思います。その……隊長がよければ」


騎士様は、なぜか私ではなく兄に許しを求めた。

騎士様って、そんなに上下関係が身に沁みてるもの?


「わかった。助けてやってくれ」


と、やっぱり私を抜きに成約した挙句、玄関先で兄に見守られながら、美貌の騎士様に髪を結われることが決定してた。

とっても解せない。


櫛もないのにどうするのかと思っている間に後ろに回られ、簡単にほどかれて手櫛で整えられる。

それから、少し皮の厚い指で髪の束を掬い取られて、私が何度もやり直して頑張ったように編み込まれていく。

鏡がないから確認が取れないけど、不器用な私より手慣れた様子で仕上がっていくのはわかった。


「どうでしょうか」


騎士様が訊いた先は、やっぱり隊長の兄で、兄も気にすることなく「器用だな」と返してる。

まったくもって、納得がいかない。


「これで、問題なく一緒に行けるな」


「……」


体の厚みも仕種も騎士団の一員として洗練されているというのに、勝手なことを言って笑うところは全然変わってない。

でも、この顔を見ると誘われてしまう妹も、ちっとも変わってなかった。


「私達、歩きなんだけど、本当にいいの?」


「昔みたいに旗や棒っきれは持ってないけどな」


「っもう、いつの話よ」


「ほれ」


兄は馬を御する反対側の空いた手を伸ばして、前に差し出してきた。


「子どもじゃないんだけど」


「いいから」


「隊長のくせに。ソレイユさんだっているんだよ」


「今はプライベートの時間だからいいんだよ。俺がお兄ちゃんしたいんだから、付き合え」


「むー」


結局、兄の頼みを断り切れなかった。

四年も不通だったのに、兄妹の力関係は強固だ。


「これからは、ちょくちょく顔出すからな」


「うん」


それでも、大人の柔らかな笑顔を向けられたら、確実に何かは変わってるんだろうなと実感する。


兄は騎士団の隊長で、ソレイユさんみたいな優秀な部下に慕われているくらいには大人だ。

それも、貴族会議の担当区を任されるような重責の出世コースに乗っている。

兄妹だと知られていない中で一緒にいると、色々言われるかもしれないなと憂鬱に思いながらも、だったら、もう会わなくていいとは言えなかった。


「ここまででいいぞ」


大きな街道に出たところで、兄から提案された。


「いいの?」


「どうせ、最初からここで別れるつもりだったんだろ」


今日の予定を教えてないのに、これだ。

なんとなく腹立つ。


「なんだよ、イスズ」


「別に」


日々邁進してるつもりだけど、騎士隊長と比べてしまえば、ちゃっちいもの。

圧倒的な敵わなさに、拗ねたくもなるというものだ。


「ほら、んな顔するなよ」


「!?」


びっくりした。

たぶん、ハグをされたっぽい。

こんな習慣はなかったはずなんだけど……騎士団で身についたとか?


「ソレイユ、もう少しイスズを頼むな」


「はい」


とかいうやり取りを、私は兄の腕の中で聞かされた。


「だから、勝手に話つけるのはやめてよ」


子ども扱いに恥ずかしくなって、頑張って引き剥がしたら、兄は機嫌よく笑ってた。


「じゃあ、また後でな」


ようやく馬に乗っても、まだ出立する気配のない兄に居たたまれなくて落ち着かない。


「もう、さっさと行って」


「冷たい奴だな」


「遅刻するよ」


馬上の足を叩いてやったら、その手を取られて甲にキスされる。


「なっ!?」


「騎士っぽいだろ」


「意味わかんない!!」


だけど、今度こそ馬を走らせ出勤してしまった。

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