全部話します
* Sideイスズ
「はあ」
ナナコさんからぬるま湯の入った水差しを受けとって、一人きりの部屋で着替える前に寝転がる。
下にみんなを待たせている罪悪感を抱きながらも、なかなか起き上がれそうにない。
色々ありすぎ。
この頃、ベッドに寝転がる度に、そんなことを考えてばかりな気がする。
「あー、もうっ!」
今日はまだ、一日を振り返るには早いから、根性だけで起き上がる。
ボタンを外して、ワンピースをばさっと雑に脱いだら、私服に変える前に丁寧に畳み直した。
次の休みに洗濯して、タンスにしまっておくために。
驚くべきことが続いても、このドレスを着ていたから、引け目を感じないでいられた。
少なくとも、このドレスに相応しい女の子でいたいと、なけなしの勇気を奮い起こすことができた。
それは、まるで、さりげなく背中を支えてくれていた騎士様に似ているようで……。
ありがとうとお疲れ様の気持ちを込めてドレスをぽんと軽く叩き、下着姿のままタライに注いだぬるま湯で化粧を落とす。
タオルで水滴を拭うと、鏡を覗いてみた。
そこには魔法が解けきった、愛嬌のない見飽きた女の子がいて、まじまじ見てから鏡を下ろした。
「つまんない顔」
これが、あの美貌の隣に並んでいたのかと思うとうんざりするけど、感謝くらいは素直にしたかった。
ソレイユさんはどこまでも誠実に騎士道を貫こうとしていく人だから。
普段の自分で笑うと、私服を着込んで、ふわふわの髪も一つに括る。
地味でオタクな研究員の出来上がりだ。
櫛梳ってもまだ甘いウェーブをお茶会唯一の名残にすると、一冊の書物を抱えてみんなの元に向かった。
※ Sideソレイユ
「で、何があったの」
イスズが入室すると、手狭な研究室にて所長を差し置いて、ナナコさんが場を取り仕切る。
顔が怖い。
いや、綺麗な分だけ妙な迫力があった。
「全部話します」
緊張ぎみに答えたイスズは、自分の席に座って息を吐き出した。
他の研究員も各自席に待機していて、空いている席にナナコさんがいる。
そして、所長の隣に座ったクレオス隊長と違って、自分は奥の隅で立っていた。
研究所にイスズを送り届けた時点で騎士の役目は終わったものと認識しているので、現状は後始末とかエピローグといった感覚だ。
だから、内輪に入るには違和感がありながらも付き合わないのは無責任になるので、こうして邪魔にならないよう控えている。
覚悟をしてきたらしいイスズは硬いながらも凛として見えるのだけど、何かが違っているようで、その理由がわからず、じっと見つめて答えを探してみたくなっていた。
「話の前にすみません」
イスズが口を開くより先に、ジェットが横から手を上げる。
ナナコさんは黙っていなさいっという目つきを向けたけど、イスズはジェットの思いつめた顔色の悪さにギクリとした反応が見られた。
「ジェット、それは今じゃなくても……」
イスズは止めたいらしいが、ジェットにはそのつもりがないらしい。
「イスズさんが危険な目に遭ったのは俺のせいです」
立ち上がって頭を下げたジェットはうなじが見えるほど深く、イスズは絶望的な後悔に襲われているよう。
「ジェット、どういう意味だ」
鋭く問いかけたのはビームス所長で、一瞬にして場を支配した気迫に驚いた。
思い返せば、最初に所長室での顔合わせの時もイスズの意向を無視して従わせていたけれど、団体のトップだからか、どこか騎士団長の命を思わせる風格を感じる。
端で聞いている自分でこれなのだから、向き合うジェットが、どれほどの緊張を強いられているかは想像しても余りある。
「所長が出張に出かけた夕方、裏口に置いてあった箱をろくに確かめもせずにイスズさんに渡しました。他の人に相談するか、所長の確認が取れるまで隠しておくべきでした」
その箱こそが、今回の騒動のきっかけとなるサハラが送りつけてきた代物だったらしい。
「では、ジェット。どう責任を取るつもりだ?」
「それは――」
「必要なし!!」
大声で遮ったのは、危うい目に遭ったイスズだ。
「所長、責任を追及するなんて冗談ですよね」
イスズは引きつった笑顔ながらも、頑とした態度で所長の威圧感に対抗する。
「イスズを守るはずの会長が、危険に晒す真似をしたと告白したんだ。冗談で済まされるわけがないだろう」
低い声音に笑顔は崩れてしまったものの、すぐにしっかりと反論をしてみせた。
「私が危ない目に遭わされたのは、サハラ・アザリカって人のせいで、全っ然、ジェットのせいじゃないから」
「サハラ・アザリカか。評判の悪い公族だな……。しかし、ジェットが確認を怠ったのは事実だろう?」
「ジェットは、ちゃんと確認してから渡してくれました。それに、そこが問題なら私にも責任があります。所長がいっつも研究資料を適当に積んでおくような人だから、ジェットも私も勘違いしたんです。それがミスなら連帯責任のはずでしょう!」
イスズのヤケっぱちぎみな反撃に、しばらくの沈黙の後、ぷっと吹き出す音が聞こえる。
発信源を探せば同僚のクリップで、続けてブレッドやロケットも笑いを堪えきれなくなっていた。
「所長、負けを認めるしかないんじゃないですか」
ナナコさんの駄目押しに、所長は重い雰囲気を崩して苦笑した。
「あー、ったく。お前ら、覚悟しとけよ。ジェット、イズクラの会長は解かんが、反省はしろ」
「はい」
「それと、イスズ。お前は当分、一人で研究するのは禁止だ。必ず、誰かと情報共有するように」
「ええー、困る。一人で取り組みたい現象だって……はい、わかりました」
明らかに文句を言いかけたのに、最後には了承してしまったのは、今日一番の恐い顔を向けられたからに違いない。
「で、その……サハラとかって人、もうイスズにちょっかいかけないって誓ってくれたわけ?」
ナナコさんの疑問に、イスズはどこまでも本当のことを隠す気なのでは? と疑って見守っていたら、たぶん、と自信なさげに答えていた。
「それについては、こっちで答えるよ」
代わって引き継いだのはクレオス隊長だ。
帰り道では、後でまとめて説明すると言われ、具体的に何をどうしていたのかまでは聞いていない。
「相手が身分ある奴だとわかったから、手足として使ってるチンピラ連中をうちの隊を動かして一掃するよう指示を出してきた。元々、怪しい噂の絶えないグループだったから、理由はどうとでもなる」
「でも、それって、肝心の首謀者には罰がないってことじゃないですか」
ナナコさんの指摘に隊長は、にこりと笑った。
「イスズを狙ったという確たる物証がないと、さすがに手が出せない身分でね。但し、確たる証拠がなくても、父親は動いてくれる」
「父親って、サハラって人の?」
「いいや。彼に弄ばれたり、孕まされたりしたお嬢さん方の父親だよ」
ナナコさんが「げっ」と上品でない反応をしたけど同感でしかない。
「同じ男として情けないが、世の中にああいう残念な野郎がいるのは事実だ。しかし、おかげで制裁できるのは皮肉なもんだな」
だから、安心しろと続けたクレオス隊長の視線の先には複雑そうなイスズがいた。
自分が見たことのないその表情に、正体不明の感覚に近づいたような気がするけれど、まだはっきりとは掴めないでいる。




