相乗り再び
※ Sideソレイユ
「イスズ」
門前で呼びかけるクレオス隊長の迎えに駆け出しかけたイスズが、ハッとしてこちらを振り返った。
また止められるのではと思ったらしい。
どうぞと示すと、早足程度で向かって行った。
「専属騎士様も、兄には敵わないんですね」
こちらを見向きもしないで、ジェットが話かけてくる。
どうやら、二人の関係を知っているらしい。
「敵わないも何も、研究所へ送り届ければ、私の任務は終了です」
「……」
事実を言ったまでなのに、ジェット少年は微妙な顔をした。
「私ではたいした役には立てませんでしたが、あなた方の協力で、イスズさんには怪我をさせることなく収拾できたと思っています」
「それはどうも。こちらには、黒騎士様に協力したつもりなんて、全然ないですけど。ついでに、事態を解決したのはドラグマニル公とラグドール王ですけど」
そこについては確かにと同意する。
ついでに、国王の王宮へ勧誘も思い出した。
「イスズさんは、どうしてか有能で特殊な人を惹きつける特性を持ってるんですよ」
同じようなことを思い出していたのか、ジェット少年が鬱陶しげに呟いた。
そこにはジェット自身も含まれているのだろうに。
「ちなみに、国王がイズクラの入会を希望したらどうするんだ?」
ふと思いついた素朴な疑問だったのだけど、ものすごく小馬鹿にした視線を寄越された。
「それ、真面目に聞いてるわけ?」
年下のブリザードな眼差しに、返事をもらうことなく引き下がる。
「そういう、あんたは入りたいの?」
「私ではイスズさんの喜ぶ有益な話は提供できませんよ」
だから、自分は考えもしていない。
この先も彼女と関わることを。
失いかけていた騎士道を、また手のひらに乗せることができたのはイスズのおかげだ。
あのモモカ姫と冷静に向き合うことさえ叶った。
それなら、これから先は騎士として国に、国王に全身全霊をかけて尽くすのみだ。
イスズの願いを無下にしなかったラグドール王なら仕え甲斐もあるし、清々しい気持ちでイスズを研究所に送ろうと思う。
ところが、最後の仕事の前に揉めた。
誰がイスズと相乗りするかで。
個人的には行きの汚名を返上したかったところだけど、当人とジェット少年に反対された。
おまけに、白馬はフェイルが出版社から借りてきたものなので、返さなくてはいけない。
結局、多少の遠回りになるものの、フェイルが借りてきた厩舎に寄ってから研究所に戻ることになり、イスズはクレオス隊長と同乗することに決まった。
「重くなったな」
「言うと思った」
クレオス隊長に抱き上げられたイスズは不機嫌そうで、本当は一人で乗りたいのだろうなと思って見ていたら、目が合った瞬間に逸らされる。
失敗した自覚があるので仕方ないのは理解しているけど、すっかり嫌われたようで微妙に傷ついてしまう。
クレオス隊長は自分の時みたいな失態はせず、イスズを後ろに座らせ、抱きつかせていた。
「じゃあ、俺はここで。クレオス、後で報告よろしく」
出版社の厩にて、フェイルに指名されたクレオス隊長は機嫌を悪くした。
「なんで、俺なんだよ。イズクラの情報網で充分だろ。俺が一番縁遠いって理由なら、絶対に付き合わないからな」
「僻むなよ。誰も、そんなこと言ってないだろうが」
フェイルはちょいちょいと手招くと、何やら耳打ちをし始める。
「……わかったよ」
そうして渋々ながら了承したクレオス隊長に、聞こえなかったイスズは首を傾げていたけれど、近くにいた自分には聞こえてしまった。
「イスズの写真を焼き増ししてやるから」
と。
尊敬する隊長に変わりはないものの、なんだか知りたくなかったと考えてしまう。
「そろそろ、いい?」
イスズの催促でフェイルと別れた一行は、今度こそ研究所へ向かった。
「なんで、俺が……」
出発して早々に聞こえてきたのは、後ろに座るジェットのぼやきだ。
白馬を返却したので、現在は二頭と四人。
こうなれば二人ずつ分乗するしかないわけで、イスズとクレオス隊長が組んでいるのだから、必然的に自分とジェットの組み合わせとなった。
ちなみに、どちらが前後になるかは、ジェットの希望で決まった。
身長差から手綱を握るのは自分なので、これしか選択肢はなかったようなものだったけれど。
しかし、こちらだって、好きでジェットと相乗りしているわけではない。
どうせなら、最後の務めとしてイスズを乗せたかったのが本音だ。
なんて考えていたら、腹に回された手に力が入れられ、何か訴えるものを感じて後方に意識を向ける。
「まさか、イスズさんの方がよかっただなんて考えてないだろうな」
ジェットのずばりな指摘に聞こえなかった振りをして速度を上げ、クレオス達を抜かせば、構わずついてきたので、研究所に到着した頃には軽く汗ばんでいた。
今度もイスズを怒らせただろうかと思ったけれど、安定した乗り方のせいか、文句を言うことはない。
ただ、クレオス隊長に手を借りて地に足を下ろすと、考え深げに研究所を見つめていた。
任務と言う名の肩の荷を半分以上下ろしている自分と違って、イスズには職場仲間、特に複雑な立ち位置にいるナナコさんに説明しなくてはならない大役がこれから待っている。
さすがに、ここまでの騒動になったからには、黙って過ごせるほど無関心な者は研究所にいないだろう。
クレオス隊長とジェットの気遣わしげな視線に気づいてか、イスズは誰も振り返らないで研究所の扉を開けた。
「お帰りー。首尾はどうだった?」
真っ先に声をかけてきたのは、所長と一緒に事務所に詰めていたナナコさんだ。
こちらと調子が違うのは、お茶会帰りだと信じているからだろう。
なのに、ジェットとクレオス隊長が増えているので、不思議そうな顔をしている。
イスズは何をどう切り出すのだろうと注目していれば、全然関係ないことを言った。
「着替えたい」
たぶん、誰もがもったいないと思ったような気がする。
けれども、イスズはそれが何より優先するしかめっ面だ。
そこまで窮屈だったのかと思えば、複雑な気持ちにならざるを得ない。
屋敷でイスズが帰ろうと言った時、ようやく見たかった顔を見られただけに残念に思う。
「じゃあ、着替え手伝う?」
ナナコさんの提案をイスズは断った。
「そう? じゃあ、顔洗う用にぬるま湯を持っていってあげる」
「ありがとうございます。終わったら、みんなに話があるから待っていてもらってください」
みんな、と言いながらも、イスズはナナコさんを見つめていた。
が、当人は軽く答えて奥へと引っ込んでいった。




