別宅訪問
※ Sideソレイユ
「さあ、厩はこちらです。その後、屋敷の中をご案内させていただきます」
そうして、張り切って紹介された厩の管理人は門番とは異なり、優雅な白馬に夢中だった。
「お嬢さん、一晩でも二晩でもお任せください!」
イスズは苦笑いで、お願いしますと頼んでいたくらいだ。
続いて案内された屋敷の中は豪華だが、見てきたばかりのモモカ姫のお茶会会場に比べれば実用的な造りに映る。
「お時間があるなら、ぜひ、夕食を召し上がってください。シェフが張り切りますので」
「ええと、それは……」
イスズはこちらに視線を送ってきた。
おそらく、場合によっては有りだと考えているのだろうけど、クレオスの忠告がある。
「申し訳ありませんが、夕方には研究所に戻らなくてはなりませんので」
「そうですか。でしたら、次回は、ゆっくりできる時にいらしてください」
「はい、ありがとうございます」
状況次第では出入り禁止になるかもしれないと覚悟していたので、イスズの返事は心苦しそうだ。
「せめて、二階からの景色を楽しんでいってください。評判がいいのですよ」
門番が大階段を示したところで、視界の端、通路の奥に他の利用客を見つけた。
わざと逃がした襲撃犯の二人だ。
幸いにも、向こうはまだ気づいていない。
こちらは素知らぬ振りで通り過ぎ、距離を取ってから門番にどこの誰かと訊ねて……。
「あっ」
やや緊張している最中、イスズが突然、声を上げたからギョッとする。
当然、向こうにも気づかれてしまった。
だからといって、これだけなら、それほど焦ることはない。
とりあえず、目星がついたので、このまま引き返して対策を練ればよいだけだから。
なんて、呑気に構えていた自分は甘すぎた。
なんとびっくり、脱兎の如く逃げ出した男達を見てイスズが即座に追いかけ出した。
しかも、親切すぎる門番に鞄を預け、新品のヒールをぽいぽい脱ぎ捨てる冷静さが余計に頭を痛くしてくれる。
こうなっては付き合うしか選択肢はなく、最悪、騎士としての処分も覚悟する。
モモカ姫から逃亡してまでしがみついてきた騎士だけど、イスズを守れるのなら後悔はしないと思えるのが不思議だった。
追いかける男達は外に逃げることなく細い階段を上がっていく。
「思うツボだわ」
しめしめと喜ぶイスズに対し、外に逃げ出せばいいものをと正反対の感想が浮かぶ。
逃げ道のない屋敷の中で、追いかけてくる者を主人のところまで案内してどうする。
一応、男達も考えたのか、踊り場に生けてあった花瓶をひっくり返して抵抗を見せたが、大した障害でない。
しかしながら、靴を脱いでいるイスズにとっては大問題だ。
靴下の足で地団駄を踏み、遅れて追いかけてくれているだろう門番を振り返って探しているが、それでは逃げ込む先を見逃してしまう。
ここまできて、それでは甲斐がなさすぎるし、向こうに対処する時間を与えるのはよくない。
「苦情は後で聞きます」
最低限の断りを入れ、イスズを縦に抱えると軽い悲鳴が耳許で聞こえる。
それを無視して、陶器片を踏みしめながら先に進んだ。
逃げる相手を追いかけなくてはいけない状況で階段が待ち構えているので、必然的に、イスズは肩に担ぎ上げるような形になっている。
スカートがめくれないようにだけ気をつけて、足音荒く駆けていく。
イスズがどう感じているかは、今だけ気にしないことにしておき、階段を上がりきると、ギリギリで逃げ込んだ先の部屋がわかった。
人の気配で振り返れば、状況を理解していない門番が、律儀にイスズの鞄とヒールを持って追いつくところだった。
「すみませんが、靴だけ渡してもらえませんか」
「あ、はい」
ヒールの靴を差し出され、片方だけを受け取ると、そのまま片手で靴を履かせる。
残りも片手でなんとか履かせたら、肩からゆっくりとイスズを開放した。
「靴くらい、自分で履きます!」
憤慨しているせいか、イスズの顔は真っ赤だ。
彼女の主張はもっともだけど、薄い靴下で下ろす気になれなかったのだから仕方ない。
ついでなので、乱れた巻き髪を手櫛で整え、ほどけかけのリボンも直しておいた。
「だから、そういうことは勝手にしないでください!!」
「すみません……」
イスズ相手だと、ついつい手が伸びてしまう。
それに、これから対峙する先を考えたら、それなりの格好は必要なはずだ。
「で、ソレイユさん。どの部屋に入ったんですか」
「奥から二番目です。あの部屋はどなたが利用しているのですか」
門番に訊ねると、戸惑いながらも公の甥っ子に当たるサハラ・アザリカだと教えてくれる。
「予想は的中しましたね」
イスズは臨戦態勢で扉を睨みつけているので、こちらは護衛として更に神経を研ぎ澄ましていく。
相手がどう出てくるかよりも、イスズが何をしでかすかの方がよほど対処が難しい。
「門番さん。喉が渇いたので、お茶の用意をお願いできますか」
「え、それは……」
唐突なイスズの頼みは、さすがに、今の流れで本当にお茶だとは思ってくれるわけがない。
「どうか、何も聞かないでください」
イスズは説明を一切しないで深く頭を下げる。
危うい潔さだが、それが魅力でもあるのだろう。
門番は静かに息を吐いて了承してくれた。
「鞄はどうしますか?」
「借り物なので、預かっていてください」
「でしたら、ご自分でお持ちくださいませ」
門番は、やや強引にイスズへ戻した。
「私はお茶の用意を頼んでくるので、手が空いておりません。すぐに戻りますので、奥の部屋で少々お待ちくださいませ。間違っても、一つ手前の部屋には入りませんように」
「お気遣いありがとうございます」
再び深く頭を下げたイスズは、絶対に迷惑はかけませんと小さく呟いて顔を上げた。
そうして、廊下に二人きりになると、目的の部屋を三度ノックした。
「どうぞ」
返ってきたのは、標的に追いかけられて配下が逃げ込んできた割りに、冷静で理知的な声だった。
待ち伏せも考慮して、ソレイユが扉を開けて先に立つ。
中には男が四人いた。
青ざめている逃げ込んだ二人と、彼らに指示をしていただろう主のサハラ・アザリカ。
そして、もう一人、誰よりも鋭い目つきの男。
イスズはピンときていないようなので、ひそりと耳打ちしようとして背後から遮られる。
「役者は揃っているようだな」
「え、おじいちゃん!? しかも、ジェットつき??」
振り返ると、通路の奥からドラグマニル公と行方不明だったジェットが姿を現した。
イスズは人前でうっかりおじいちゃん呼びしてしまったことで口を覆って気まずくしているが、注目すべき人物は別にいることを教えられずに焦れるしかなかった。




