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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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まだ言えない


§ Sideクレオス



「じゃあ、行ってきまーす」


美貌の騎士を引き連れて待望のデートに出かける陽気さで手を振るイスズに、振り返す男は一人もいない。


イスズ達の行き先を考えれば、当然のこと。

つけ狙っていた連中の潜伏先に、狙われている当人が出向こうとしているのだから、どうかしている。

なのに、こうと決めたイスズを本気で止めたいなら、柱に縛りつけるくらいしないと難しい。

下手すれば一人で出向きかねないので、かなり強引な手段で時間を捻出してきたにも関わらず、俺は見送るしかないとかつまらない。


「じゃあ、すいませんけど、夕方の焼きがあるんで、俺は帰ります」


続いて、パン屋の息子が抜けたので、廃れた教会には記者もどきのフェイルと騎士隊長の俺が残された。


「再会早々のサヨナラは、どんな気分だ? お兄ちゃん」


「うるさい、わかってるくせに聞くな」


馴染みしかいないとなった途端にフェイルが喜々としていじってくるので、こちらも遠慮なくいじけてやる。


「だから、言ったろ。あの手に意地を張ってもいいことないって」


「でも、今のところは問題なかったんだよ」


「まあ、あのイスズだからな。なのに、自分で極上の宝石を贈っちゃうなんて、太っ腹というか、思わぬ伏兵というか」


ぷぷぷーとにやけるフェイルに、眉間がきつく寄っていく。


「お前の思惑に乗ってたまるか」


「思惑って失礼な」


「新作頼まれたばかりなんだろう」


「なぜ知っている」


「フェイが部署変えした時は、ネタ探しに決まってるからな」


今度はフェイルが難しい顔をしてるが、こちらにだって、それなりの情報源はある。


「まあ、俺的には変えてもらった甲斐はあったからいいけど」


「モモカ姫でもモデルにするのか」


「無理ムリ。ああいう特殊な気質をヒロインにしたって読者は喜ばないよ。それより、とびっきり頑張り屋でチャーミングになった女の子を見つけたからね」


「なんで、今更」


「今だからだろ。わかってるくせに」


ムカつくことに、フェイルの言いたいことは充分理解できた。

四年間、一度も連絡しなかった俺は、ちょいちょいストーカーしていたので、個人的には本当に久しぶりでもない。

それでも、今日のイスズはとびっきり見違えるようだった。


「黒騎士君には、しっかり釘を刺しておいたんだろう」


「……それより、こちらも動くぞ」


「へいへい。頼れる隊長お兄ちゃんは大変だな」


ロマンスの魔術師と呼ばれる人気作家には敵わないと悟ったので、無言で教会を出るだけだ。




※ Sideソレイユ



かっぽかっぽと白馬を引き連れ、イスズと一緒にドラグマニル公の別宅へと歩いている。


「兄に何を吹き込まれたんですか」


イスズが言葉以上に疑わしい顔つきなので苦笑してしまった。


「吹き込まれたわけではありませんが、中では何も口にしないようにと忠告されました」


「その子も?」


イスズは睫毛が長くつぶらな瞳の白馬を、私越しに覗き込む。


「この子には食べてもらわないと困りますね」


馬の補給の名目でお邪魔させてもらおう作戦の要として連れてきたのだから。


「可哀想なことにはなりませんよね?」


「大丈夫ですよ。厩に関わる者なら、これほど美しい子に手出しはさせません」


不安を払拭するためにあえて断言すると、イスズは少し安心したらしい。


「イスズさんに対しても、そうだとありがたいのですが」


「え?」


細い首を傾けるイスズに、何でもないと解説はしないでおく。


少しのヒールでも危なっかしい無防備な女性を傷つけようと目論むなんて、どんな思惑があろうと非道としか言いようがない。

感情で乱れたものを深呼吸して調えると、話題を隊長との話に戻す。


「他には、人目のつかない密室を避けるよう言われてきました」


「ええー。それじゃあ、内密な交渉ができないじゃないですか」


「だからです。誰の仕業なのか絞り出す為の偵察だと心得ておいてください」


「偵察なんて意味ないですよ。誰が黒幕かわかったから、ケリをつけに行くんじゃないですか」


イスズの中々不満げな態度に足を止めた。


「ソレイユさん。今更、引き返すなんて言わないでくださいよ」


まったく引く気のないイスズに対して、こちらが考えていることは全然別のところにある。


「イスズさんが隠していることは、王族に関係することなんですね」


「なっ!? なんで、突然、そんなこと……」


推測の指摘に、わかりやすく動揺が返された。


「公の屋敷利用者リストに偽りがなければ、あの場でイスズさんに見極められる者なんて限られます」


それは、おそらく、ドラグマニル公の親族であるサハラ・アザリカ。

アザリカの家名は歴代優秀な国王を排する一門だ。


「ううぅ、それは……」


言葉を詰まらせたイスズの瞳が、留まらずに泳ぎまくっている。


「まだ、私にも教えてくれないつもりですか」


「いや、その、ソレイユさんじゃなくても、誰にも言えないだけで……」


「アザリカ一門にかかれば、騎士の私ごと闇に葬り去るくらい簡単なのですよ」


脅し文句にハッと顔を上げたイスズは、自分の行く末よりも巻き込まれるかもしれない騎士の身を案じて見えた。

それから、辛そうに顔をそらされる。


「それでも、言えません。あの人の幸せを壊すわけにはいきませんので」


「つっ……そうですか」


あの人が誰かなのかとは聞けなかった。

耳に残っているのは別れ際、クレオス隊長が上司としてではなく告げた私的な秘密。


「俺達兄妹に血の繋がりはない。まあ、イスズには余計なことを知らせるなよ」


クレオスがどういう判断で伝えてきたのかなんて知らない。

だけど、胸の内で騎士道とは無関係の何かがざわめいている気がして落ち着かなかった。

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