公
∉ Sideジェット
のどかな主用街道を鬱々しながら並足で馬を進めて、情けなさにため息をつく。
「失敗したなぁ……」
ドラグマニル公の別荘が迷惑犯の拠点になっているのを知って、感情的に飛び出した早々に軽率な判断だったと自分で気がついた。
前国王の関係者がイスズをつけ狙っているなんて、訴えられる訳がない。
むしろ、公がバカンスに出向いている間にこっそり解決する方が賢いやり方だ。
かと言って、結構な勢いで飛ばしてきた手前、ただ引き返すこともできなくて、知り合いの牧場で小屋を借りて仮眠させてもらっていた。
翌朝、敵方がすぐに動き出すとも思えなかったから、とりあえず、近い警備所に寄って話でも聞いてから戻ろうと体裁を整える。
頭を冷やしながら、無難に帰るにはどうするのが最適解かを考えながら、ぱからぱからと進んでいった。
イスズに頼られて、いいところを見せたくて気張っていただけに恥ずかしくてならない。
「はあ、まだまだだな」
間もなく、住宅街の端にある護衛所に到着したので馬を下りた。
ここにもイズクラ会員がいるので、話くらいは聞けるだろうと詰所に近づいたら異様な雰囲気だった。
「やけに警戒してるな」
ここは中流階級が集まっているので、それほど神経を尖らせる必要はないはずなのに。
「おい、そこの少年。ここは、遊び場じゃないぞ」
冷静さを取り戻したからには、これくらいじゃあ、ムキになることもない。
「友人に用があって訪ねたのですが、入れないのなら呼び出してもらえませんか」
「今は無理だ。帰った、帰った」
「そうですか……」
今は、というのなら、現在進行形で何か起きているのだろう。
イスズの役に立つとは思えないけど、最低限の情報は引き出しておこうと、礼儀正しい少年の振りをして粘っていたら奥の方が騒がしくなった。
これはチャンスとばかりに首を伸ばして、ぎょっとする。
動揺した分だけ判断が遅れて、逃げ損ねてしまった。
「ジェットじゃないか。よく、ここがわかったな」
大きな年の差と身分差を飛び越えて気安く呼びかけてきたのは、前国王のドラグマニル公だ。
「まさか、友人って公なのか!?」
門番をしていた騎士に、顔を引きつらせて否定する。
研究所の名誉会長ではあるけれど、顔を合わせたのは数回程度だ。
「お知り合いですか」
背後にいた護衛所責任者の問いかけに、ドラグマニルは振り返る。
「ああ、可愛い孫達の友人だ」
「でしたら、中へどうぞ」
「いや。せっかく直してもらったのだから、馬車の中でいい。ジェットの馬は任せるぞ」
従者に指示したドラグマニル公に肩を抱かれて、強引に馬車へと連行された。
その間、脳内をフル回転で、この度の事件を整理する。
イスズが誰に狙われているのか、なぜ狙われているのかを。
引っかかっているのは二つ。
一つは、イスズに宛てられた脅迫状に何が書かれていたのか。
ジェットが門番として事務所に詰めていた時に受け取った手紙だ。
私信だったので開けずに渡したが、失敗だったかもしれない。
あの後、イスズから脅迫状だったと教えられたものの、手紙そのものは、のらりくらりと言い訳されて見せてもらえてない。
イズクラ会員でもある先輩研究員に頼みにくくて、恥を忍んで黒騎士様から聞き出そうと目論んでいたのだけど、聞き出しそびれている。
そんな、すっきりしない状態ままイスズのためにと奔走してイズクラを動かしていたというのに、ぽっと出がずっと側にいたのかと思えば腹が立ってしょうがない。
護衛だから当然といえば当然なのだけど、割り切りたくなかった。
今日だって、着飾ったイスズとお茶会に参加することを思えば、腸が煮えくり返って苛立たしい。
めったに着飾らないイスズの姿を間近で堪能できるのだから、羨ましいやら憎らしいやらで、ちっとも冷静になれなかった。
「一人で百面相か?」
「あ、いえ……」
つい、余計なことまで考えていた。
ゆったりとしたドラグマニル公の向かいに座らされて、もう一つの疑惑について考察する。
確かに、公はジェットのことを孫達の友人だと紹介した。
イスズのことを孫だと言ったのならわかる。
研究所でおじいちゃんと呼ばせて、特別に可愛がっていることは知っているから。
だけど、ドラグマニルは、達という複数表現を使った。
ビームス所長とは親しい付き合いだけど、孫というよりも信頼や敬意を持った接し方だ。
では、一体、二人目は誰のことを指して言ったのだろう。
どうやら僕は、予想外のところから、何かとんでもない真実を堀当ててしまったようで緊張が込み上げてくる。
相手が相手なので笑顔を向けられても頬が引きつらせるだけで、口を開けられなかった。
果たして、イスズはどんなことを抱え込んでいるのだろう。
もしかしたら、想定していたより、ずっとヤバい内容なのかもしれない。




