動揺
※ Sideソレイユ
「黒騎士様でも愛想笑いとかするんですね」
人目がなくなり、助け舟を出したつもりのイスズに非難めいた含みを送られ、誰のせいだと思う。
「あなたに学びましたので」
「私がいつ、そんな誑かし笑いをしたって言うんですか」
やっぱり、いい意味ではなかったらしい。
「誑かしてはいませんが、誑かされてはいたでしょう」
指摘すれば、うめき声が返ってきた
「ソレイユさんなんて、モモカ姫がいなくなってから強気になったくせに」
ぼそりと言われて、さすがに怒りが込み上げてくる。
「それは、あなたへの暴言が酷くなったからです。あなたを傷つけるものは、何であろうと見逃すつもりはありませんので」
凄んで見えたのか、イスズは目を見開いて固まった。
「……それに、あの人といる時のイスズさんは、楽しそうでしたからね」
と、静かに嫌みを続けたのは、怖がらせるつもりではないとのアピールだ。
「楽しかったわけではないです」
ふてくされて言い返したイスズが、それでも自分から遠のかなかったことにホッとする。
「なんにせよ、お茶会は終わりです。早く、フェイルさんと合流しましょう」
「え、フェイルさん、戻ってたんですか」
「ええ、全体の写真を撮る頃には」
ぜんぜん気づかなかったと不思議がっているイスズだが、自分にはイスズこそが不思議だった。
目端の利く観察眼で、さすがは研究者だと思ってみれば、カメラマンの隣に立って戻ってきたアピールをしていた人物を見逃していたというのだから。
それだけ、お茶会では気を張っていたのだろう。
今度はこちらが気を張る番だ。
門番に見送られて敷地を出ると、左手に、塀にもたれて煙草をくゆらせているフェイルを見つけた。
他に見張られている感じはなさそうだとチェックしている間に、イスズが駆け出すのものだから、肩を遮るように腕を伸ばして動きを止める。
「転ばないでください」
忠告すると、複雑な顔をして押しのけられた。
「まだ、転んでません」
その通りなのだけど、イスズは走るのをやめて早足程度で向かっていった。
護衛としては、それで充分だ。
しかし、ぷいっと顔を背けられたので、そういえば、服装に似合いの表情をまだ見れていないと思い出してしまった。
「ずいぶん、早かったな。さては、抜けてきたな」
フェイルの気楽な様子を見るに、そう緊迫した状況ではなさそうなのだけど、イスズはとにかくジェットの安否を知りたそうだ。
「安心しろ。聞いた限りでは元気に馬に乗ってったらしい」
「馬って、どこに行ってるんですか」
「名誉会長のバカンス先」
待望の行方を聞いたイスズの顔色は、よくなるどころか、じわじわと悪くなっていく。
「イスズさん?」
「私も行く」
「は?」
「私もジェットを追いかける」
本気で今にも飛んで行きそうなイスズの片腕を掴んで、引き止めた。
反対の腕も引き寄せ、しっかりと留まらせる。
「待ってください、落ち着いて」
声をかけて正面から覗き込めば、青白い顔で泳いでいる瞳がこちらを捉えて止まった。
イスズは何か言いたげに口を開いたのだけど、言葉にはならずに歪んでいく。
「イスズさ……」
「んっんー」
わざとらしい咳払いに振り向くと、フェイルが煙草の始末をしつつ、こちらをガン見していた。
いかにも面白い見世物を見ている目つきだったので「もう大丈夫ですね」と、さりげなく手を離して誤魔化しておく。
必死になんでもなさを装っているのは、咳払いがなければ抱きしめていたかも知れなかったせいだ。
それもこれも、イスズが突然、無防備に信頼を寄せてきたからだと思う。
あんな不安ですがりつくような目で見つめられたら、誰でも吸い込まれるに違いない。
だからといって、いくら落ち着かせるためでも、騎士としては逸脱しすぎだ。
以前にも階段から転げ落ちそうになって抱き止めたことはあったものの、今回は状況が違う上に公の場。
気をつけなければならないところだ。




