続・愉しいお茶会
* Sideイスズ
「あー、イスズ嬢、頭のリボンがちょっと曲がってますね」
機材を構えたカメラマンさんが親切に指摘してくれたけど、自分じゃわからないし、下手に触って崩れてしまえば自力じゃ直せない。
どうせ髪をおろしているんだから、外してしまおうかと思っていたら「失礼」と上から生真面目な声が降ってきて、長くて器用な指が頭のてっぺんで遊んでいたリボンをそっと整えて離れていく。
ついでに、その手がスカートの裾まで下りて、写りがよくなるよう撫で払っていった。
ものすごくムズムズするのと令嬢達からミーハーな悲鳴が上がるのは同時だった。
他の令嬢は侍女を一人以上付き従えているけど、私には騎士様しかいないから大いに助かった。
助かったけども、それ以上に大変困る結果にしかなってない。
「まずは、こちらに目線をください」
ここはもうヤケクソに頑張って笑った。
きっと、私史上最高に心のこもっていない笑顔で。
問題は次だった。
「今度は自然な感じで談笑してください」
こうなると、全員の視線が私に集中するのは当然のこと。
口元に優雅な笑みを浮かべて、物言いたげな瞳で見つめられる。
私が何をした。
美貌の人は小さなお世話でさえ騒動を招くものらしい。
ただただ職務の関係で一緒にいるだけの私でこれなのだから、本気で付き合う彼女となれば相当な覚悟が必要だろう。
モモカ姫が相手なら、こんなことにはならないのだろうけど、肝心の騎士様にその気がないのだからどうしようもない。
そんなことを考えている内に、バシャッと撮影が終わった。
「いい写真が撮れました。それでは、我々は一旦引き上げます」
肩の力を抜いて手にしていた紅茶を飲み干す。
ようやく、美味しさを感じられてホッとした。
「どうも、お邪魔しました。皆様は引き続きお楽しみください」
え?!
取材陣の別れ際の言葉に頬が引きつってしまう。
まだ、お茶会は続行されるらしい。
一度緩んでしまった気持ちでは、これ以上令嬢達と対峙できる気がしない。
「お話し中、すみません。イスズさんは、ここで失礼させていただきます」
騎士様の唐突な断りに、さすがに振り返る。
そこには、モモカ姫に脅えていた気配が微塵も感じられない、凛々しい黒騎士様がいた。
「まあ、お茶会はこれからですのに」
モモカ姫は見るからに残念そうな潤んだ瞳で見上げている。
私が向き合っていたらイチコロで前言を撤回していたところだろうけど、騎士様はクールに研究所の用があるのだと告げていた。
というか、そんな用件は聞いていない。
だからといって、せっかく抜け出せそうな機会を訂正しようとは思わなかった。
「それなら、仕方ありませんね……。イスズさん、お土産を用意してますので、少々お待ちいただけますか」
「あ、はい」
そんなものまであるのかと感心しながら、甘いものだったらいいなぁと期待してたら、他の令嬢達が口々に嫌みを言い始めてくれる。
「モモカ様が優しいからって、調子に乗らないでよ」
「そうよ。わざわざ、黒騎士様を見せつけて」
「モモカ様がどれだけ心を痛めていることか」
「ほんと、普通の神経なら出席しないわよね」
「はあ……」
これまで以上に言いたい放題だ。
お姫様がいなくなったせいか、表面上のにこやかささえなくなった。
イスズだって場違いなのは重々承知しているし、来なくてよいものなら来たくなかったのに。
お茶会を楽しみにしていた令嬢達に申し訳ない気持ちがあるから黙っているだけで、どれだけ綺麗に着飾っていても、こんな態度では色々と台無しだ。
なんて思っていたら、脇からトンとテーブルに腕が伸びてきた。
「イスズさんに非はありません。言いたいことがあるなら、私に直接どうぞ」
美貌の騎士様の冷たい流し目は、令嬢達をひやりと我に返らせたのと同時に恥辱と憤慨とある種の興奮を与えていた。
そして、一番ビビらせられたのは私だろう。
え、どうして、ここに来て割って入る!?
「まあ、皆さん、どうかしましたか」
モモカ姫が戻ってきてドキッとするけど、いつの間にか騎士様はしれっと背後に立ち直っている。
ここで後腐れをなくしておくには、イスズが対応するしかないじゃないですか。
「いいえ、何も。それより、モモカ姫。最後まで参加できなくて申し訳ありません」
「まあ、謝らないで。私こそ、お近づきになりたくて、急に誘ってしまいましたもの」
眉を下げて小首を傾げられたら、自分の都合なんてどうでもいい気分になってしまう。
しかし、ここで長居をしては騎士様の厚意を無駄にしてしまうので、頑張って主導権を握ろうとして、しかし、握られたのは私の左手だった。
「私、イスズさんとお友達になりたいです」
「へ? なんで??」
「なんでって……なんででしょう」
「んん?」
意味がわからないことがわからない。
「イスズさんは、私とお友達になりたくないのですか」
この微妙な発言は、モモカ姫の大きな瞳によって、まともな思考回路をふわふわにされる。
たぶん、このままでいたら「そんなことはありえない、喜んで!」と答えちゃいそうな気がする。
そんな風に気が遠のきかけた時、つんと一房、背後に髪を引っ張られる感覚があって我に返った。
「あの、畏れ多いですので」
言いながらそっと手を外すと、再びふわふわマジックにかけられる前に席を立って距離をおく。
そうして、一息に別れの挨拶を済ませた流れで、モモカ姫を見ずに「では」と立ち去る。
「ああっ、お待ちになって」
ここで振り向いたら、また取り込まれてしまうと固くなった私の背後に騎士様がするっと回ってくれた。
「どうか、この辺でご容赦を。土産の品は私が受け取らせていただきます」
軽やかに笑いかける騎士様と可憐なモモカ姫の絵になるツーショットに、お嬢様方は沸き立った。
この見事なまでの美貌の微笑みという必殺の力技で巻き起こったざわめきに紛れて、どさくさ退散ができたのだった。




