冗談と葛藤
※ Sideソレイユ
一体、なんだというのだろう。
自分は昔から意味ありげな視線を老若男女問わずに投げかけられることが多かった。
言いたいことがあるなら、はっきり言ってほしいものだ。
ジェットに対する余計な私情を押しやって、イスズの護衛に徹することにする。
「あの、ソレイユさんは大丈夫なんですよね」
「……どういう意味でしょうか」
ついさっきの勘違いを思い出し、返事は慎重になってしまう。
「さっきは言い方が悪くてすみませんでした。ソレイユさんについては大きな怪我もなさそうなので、私が聞くまでもないだろうなと」
どうやら、イスズの方でも気にしてくれていたらしいが、逆に居たたまれなさが増すというものだ。
「ただ、ソレイユさんがいくら強くても心配するなというのは難しいですし、やっぱり直に確認したくなります」
「……」
真摯に見つめられて、妙に染み入った。
信頼はしているが、心配なものは心配なのだと言われたのだ。
頼りにされていない。
厄介者を押しつけられた。
そんな風に思われているとばかり感じていたので、ソレイユは返す言葉が見つからなかった。
「そりゃあ、私なんかに心配されてもって感じですよね。すみません、余計なことを言いました」
呆然としてる間にイスズがすごすごと俯いてしまったので、慌てて口を開く。
「そんなことありません!」
大声で否定されて顔を上げたイスズは驚いていたが、言った自分も驚いていた。
落ち着け、自分。
何を、そんなに意気込んでいるのか。
「信頼されないのと心配してもらうのとでは、意味が違うとわかりますので」
答えてから、ふて腐れていた含みがあったと恥ずかしくなる。
「とにかく、ありがとうございます」
「いえ……」
イスズは歯切れが悪そうに見つめてきた。
何かおかしな発言でもしただろうか。
「ソレイユさんは、そんなに私のことが気になるんですか」
「え?」
無意味にドキッとする。
「……最初はアレでしたけど、今はちゃんと頼りにしてますし、おかげでさっきも平気でいられました」
「それは、ジェット君が来てくれたからなのでは」
「来る前から不安はなかったですよ」
「なぜ?」
「なぜって、ソレイユさんがいるからじゃないですか。でも、一人だと自分を犠牲にしてでも守ってくれるだろうから、ジェットが顔を出してくれてよかったですけど」
「そう、でしたか……」
人は思ってもみなかったことを言われると反応が鈍くなるものらしい。
そして、ぼんやりしているはずなのに、妙に神経が研ぎ澄まされていく感覚がする。
その後は誰に襲撃されることもなく研究所に戻った。
今なら誰が来ても相手にできるような気がしていたので、一仕事した後なのに少々力を持て余しぎみで物足りない。
「よお、イズ。お帰り」
鍵を開けて中に入り、事務所受付を通りすぎると、大きな熊とも錯覚するような体格の熊殺しのワラントが研究室前のソファに陣取っていた。
隣に座っている所長が若鹿に見えるくらい体格差がすごい。
「ワラさん、ジェットを動かしてくれてありがとうございます」
「なあに。イズ坊のためなら、ビービー小僧と留守番してるくらいわけないわ」
がははと笑えば、室内が揺れているようだ。
そうして、ふと、こちらに視線を定めてきて、背筋が伸びる。
「よう、黒の坊主。儂がわかるか」
「はい、もちろんです。ワラント・ベア大隊長」
「元だ、元。今は、単なるお使い係だ」
自称お使い係の実態は、騎士団内で名誉騎士として後輩指導するレジェンドだ。
ただ、自身は直接指導してもらったことはなく、新人の内の自分を知っているとは思わなかった。
「で、この時間に帰って来たんだ。それなりのことは、して来たんだろう」
「はい、イズクラの協力を得て」
「ジェジェ坊が帰って来ないってことは、ヤサを押さえる気か」
「そのつもりです」
「じゃあ、乗り込む時には呼んでくれ」
気軽に言われて、頬が引きつってしまう。
全盛期には暴れさせると後始末が大変なことで有名なせいで「ワラントが出て来る前に片付けろ」が騎士団内で最初に覚える標語として広まっていたらしい。
現役を退いたとは言え、出動させれば跡形もなく破壊されかねない。
それは大事にしたくないイスズの意向に反してしまう。
「申し訳ありませんが、それは……」
大先輩の提案を固辞しようとすると、隣から諫める声があった。
他ならぬイスズからだ。
「ソレイユさん、冗談ですよ」
「え」
改めてワラントを見れば、にやにやと笑っていた。
「失礼しました」
「噂通り、楽しいやつだな」
「いえ……」
「ワラさん、ソレイユさんをからかわないでください」
「イズ、何を言う。儂はいつでも本気だぞ」
「本気を出したら、腰痛が悪化するでしょ。奥さんに怒られたいんですか」
イスズが説教すると、ワラントは嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、そろそろ帰るかな。イズ坊、決着するまで頑張れよ」
「はい」
イスズはこぶしを握って返事をし、ワラントは大きくて分厚い手でイスズの頭をなでると、こちらにも目を向けてきた。
「黒の、今夜は周辺に儂の後輩をつけてやるから休んでいいぞ」
「……はい。ありがとうございます」
提案を遠慮するのが当然なのに、ワラントの持つ何かが否とは言わせなかった。
強さとは腕っ節の問題ではないのだと、身をもって実感する。
いや、腕っ節も、まだまだ強そうなのだが。
「イズを頼んだぞ」
そう言って、自分の肩を力強く叩いて帰っていった。
揺らいでいた騎士道を補強してもらった気がした。
* Sideイスズ
「疲れたー」
ここのところ、ずっと神経を使う毎日だったけど、今日も朝から色々ありすぎた。
足取りも重たく部屋に入るなり、どすんとストールに腰かけ、ひと息つく。
ベッドの上は、箱までおしゃれなハイブランドのドレスが占領している。
足元には靴も届いていて、低めとはいえ気合いの入ったヒールが出番を待っていた。
「はあ、不安しかない」
明日は大丈夫なのだろうか。
「……」
危険度数で比較するなら、今日の襲撃もなかなかの危機だった。
だけど、騎士様にも伝えた通り、不安も緊張もなかった。
不思議だと思わないくらい絶対の信頼感があったから。
これは、オカルトを介さないと人間関係を築けない私には珍しいことだ。
精鋭の騎士団員だからという理由はなきにしもあらずなのだけど、それだけじゃないことをちゃんと自覚している。
昨夜、足がもたついて階段を転がりかけた時、しっかり抱きとめてくれた感触を覚えてしまったせいだ。
「ああー、忘れたい!」
その場では流したけれど、思い出すだけで恥ずか死ぬ。
しばらく一人でのたうち回って、机に思いっきり肘をぶつけたら、さすがに落ち着いたけど。
元はどうしようもないのだから、せめて、これ以上見られない体になることは避けたいところだ。
「タイムリープが起こればいいのに」
同じ日や時間を繰り返すオカルト現象。
明日のお茶会よりも、今日の襲撃の方がだいぶましな気がしてならない。
「うぅ、やだよう」
どれだけ頼れる騎士様がいようと、当てにしようのないお姫様の招待を受けるのは美少女に会える楽しみがほんのちょっぴりで、あとの大半以上は緊張と憂鬱で内蔵が痛むだけだ。




