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騎士様は逃亡中  作者: よしてる


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ブティックで買い物を


* Sideイスズ



「ここ、ですか?」


セレブご用達のブランド街のど真ん中にある大きな窓を前に呆然と立ち尽くしている私。


「はい。そうですが」


何か問題でもありますか? と、騎士様は背後から見守っている。

なぜ、こんなことに……。


就業時間が終わり、騎士様の案内に従って、お茶会用の服を買いに来た。

来たのはいいが、まったく、人の予算をいくらだと思っているのだろう。

これだから、上流階級の人間は嫌なのだ。

価値観が違いすぎて困る。


「さあ、どうぞ」


騎士様らしくドアを開けてはくれても、このいかにも庶民感丸出しの気おくれには配慮がないらしい。

眩すぎる微笑に、ヤケクソ気分でドシドシと中に入っていった。

店内は夕方にして灯火で明るく、キラキラと華やかな装飾に早くも回れ右をしたくなったけど。


「いらっしゃいませ」


カツカツとヒールを鳴らして、ソワソワしている私の前に立ちふさがったのは、巻き髪を小粋に流したマダムだった。


「ようこそ、スイレイへ」


微笑まれたら、モモカ姫とは違った大人の香りがした。


「息子がご迷惑をかけてないかしら」


「……へ?」


高貴な雰囲気に酔っ払ってたところで、首を回して反対側にある青年を確認する。

マダムの方が明るい髪色だが、確かに絶世の美貌はそっくりだ。


「ここって、ソレイユさんのご実家?」


「いえ、母が経営している本店です」


本店と言うからには支店がいくつもあるのだろう。

ナナコさんがいれば、そんなことも知らないのかと怒られそうな気がする。

ソレイユさんは、とんだお坊ちゃん騎士様だった。


「それで、お嬢様はどんなものをお探しなのかしら」


「えっと……モモカ姫のお茶会に相応しいものを」


「まあ」


一瞬、物言いたげな視線を息子に向けたマダムは、すぐに接客業の態度で棚へと案内してくれる。


「どうかしら?」


迫力の美貌に圧倒されて、要望を聞かれてもお任せしますと小声で返すのが精一杯で、出されるままに受け取って試着した。

そして、鏡の前で超絶後悔している。

私が着てみているのは、モモカ姫のお茶会に相応しいピンク色のフリフリふわふわなお嬢様風ドレスだけど、地味オタ研究員に相応しい代物ではない。


「血色がよくないわね。無理なダイエットだめよ」


そうしてマダムは、どんなメイクがいいかとアドバイスしてくれるのだけど、女子力大変の私では半分も理解できなかった。


「母さん、却下」


これを買わされたら一生後悔しそうだとぐるぐる悩んでいるところに聞こえてきたのは、騎士様のきっぱりした一声だった。


「あら、気に入らない?」


「イスズさんの好みではないので」


「そう言うなら、あなたが選んでみなさいな」


騎士様にちらりと目を向けられると、ぜひお願いしますという気持ちで頷いて意思表示をした。

少なくとも、マダムよりは騎士様との方が付き合った時間は長い。

そして、このドレスを止めてくれるなら、これ以上華美なものは持ってこないはず。

ちょっとだけ安心して試着室に引っ込んでから、改めて自分を眺める。


「可愛い」


もちろん、ドレスオンリーの感想ですとも。


私だって、こういう世界に憧れがないわけじゃない。

だけど、どうしても見合う中身になれなかった。

化粧品の微妙な色の違いよりも、地域による幽霊出没率の差だとか妖精と精霊の分類の違いの方がずっと興味深いタイプなのだから仕方ない。


「なんで、女に生まれたんだろう」


男なら、どんな秘境でも挑んでいけるし、面倒な月のものもない。

見ためだって、それほど気にしないでも文句を言われない。

性質的に間違って生まれてきたとしか思えなかった。


「お嬢さん」


カーテンの向こうからマダムに呼ばれて、イスズは我に返る。


「これをどうぞって」


マダムにウインクで渡されて、ハッとして手元を見たら二着あって、はてと思う。


「どっちか、選べってこと?」


どちらも、さっきのよりシルエットがシンプルながら、上品で華やかなワンピースだ。

一応、お義理で両方とも試着してみたけど、候補は着てみる前から決まっていた。

ただ、どちらにしても即決するには少々問題がある。


「あの……マダム。試着終わりました」


私服に戻ってカーテンの間から顔を出して小声でマダムを呼んでみた。


「これっておいくらですか」


なぜか、どちらにも値札がなかった。

ちなみに、最初の不釣り合いなドレスに付いていたのはローンを組まないと手の届かない桁でした。


「どちらにするの?」


こっちだと手に取ったのは海の中を思わせる青いグラデーションのドレス。


「あら、そちらは気に入らなかったの?」


選ばなかったドレスは最初のドレスに似た色のワンピース。

それでも、レースやフリルがないので、私が着てもギリギリ許される気になれるデザインだ。


本当はこちらのドレスに一目惚れしていた。

だけど、これでモモカ姫の前には出られないとも瞬間的に思った。

だから青いドレスを即決したのだ。


「あの……取り置きって、どのくらいお願いできますか」


「よかった、どちらも気に入ってくれたみたいね」


「はい。でも……その、予算がそんなにないので」


いかにもな高級店に立ち寄りながら、こんな情けないことを言い出す客は私くらいなものだろう。

いいものを選んでもらっておきながらも、騎士様を恨みたくなるのは当然のこと。


「大丈夫よ。両方とも、本日お持ち帰りでいいわ」


「え!?」


もしや、騎士道精神で騎士様が侠気を見せて支払うのではと血の気が引いた。


「心配しないで、ソレイユの支払いじゃないから」


「あ、そうなんですか」


「ええ。店からプレゼントさせてもらうわ」


「は?」


予想外な答えに、想像力の逞しい脳内では様々な憶測が飛び交ってく。


「あのっ、私は息子さんに護衛されているだけで、マイナー研究員の一庶民なんですけど!」


「ふふふっ。あら、笑ったりしてごめんなさい。ソレイユから聞いているわ。だけど、こちらも、ただでプレゼントするわけじゃないから遠慮しないで」


「どういう意味ですか」


「モモカ姫のお茶会は宣伝になるのよ」


なるほどと腑に落ちたけど、それはそれで承服しかねた。


「着るのが私じゃ、宣伝にならないと思うんですが」


「そんなことないわ。このドレスのコンセプトはね、『ちょっとの勇気』なの。着飾ってみたいけど気おくれしちゃう女の子に手を伸ばしてもらえるドレス。だから、当たり前に招待されるようなお嬢様にはお勧めしにくくてね」


確かに、私は当たり前ではなく、突発的な異質の招待客だ。


「それに、これらを産み出したのは私の次女で、これがデザイナーデビューなのよ」


口許を手で覆って、こそっとささやいたマダムは母親の顔をしていた。


「だから、協力してもらえると嬉しいのだけど」


「……わかりました。私でよければ、精一杯宣伝してみます」


力強く答えながらも自信がまったくないから、メイクを頼んだナナコさんに盛ってもらおう。


「あ、でも、明日着るのは青い方だけなんですが」


マダムは二着とも回収して箱に詰めを指示している。


「いいのよ。それに、こちらはあなたにと言うより、息子へのプレゼントだから」


いや、やっぱり妙な誤解を招いているのではないですか?


「あの子ったら、最初にこれを見ていたくせに選ばなかったのよ。お茶会に合わせたのはわかるけど、お客様に似合うものを提供しないのは罪だもの」


天晴れなプロ意識だけど、息子さんは立派な騎士だったはずですけど。


「だから、仕舞い込まないで着てほしいわ」


「うっ……頑張ります」


かなりの難題だけど、気持ちが嬉しかったので前向きに受け取ることにする。

ただ、このまま厚意に甘えきるのは申し訳ないから、似合う靴を選んでもらって会計を済ませた。

騎士様が万が一を考えて配達してもらうことにしたので、帰りも手ぶらで店を出ることとなった。


「お嬢さん、ぜひ、またいらしてね」


マダムは気楽に誘ってくれるけど、愛想笑いど二度とないなと思ってしまう。


「そうそう。ソレイユが女の子を連れてきたのは、あなたが初めてなのよ」


「え?」


「次に来てくれた時には、あなたのお名前を聞かせてもらうわね」


すでに騎士様が外に出ていたし、聞き返して事態を拗らせても困るので、無難な聞かなかった振りして店を出た。


「イスズさん、母に何か言われましたか?」


「いいえ。よくしてもらったので、挨拶していただけです」


「そうですか。なら、いいのですが」


責任感で連れてきてくれたのに、これ以上余計な気遣いはさせたくなかった。

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