揺らぎ
※ Sideソレイユ
――イスズ・コーセイ様。
貴女に最後の忠告を通達させていただく。
今後も我々の秘密を一人で抱え込むのなら、こちらには貴女を抹殺してでも取り返す用意がある。
恐ろしければ、所長なり護衛に泣きつくといい。
強靭な精神に敬意を表して――
脅迫の手紙を見て、思わずため息をついた。
イスズがこういう状況なので護衛がつけられたというのに、その護衛の自分が更なる迷惑をかけてしまっては本末転倒もいいところだ。
しかも、そのイスズはといえば「ここまではっきり宣言してくれたら、かえってスッキリするかも」とあっさりしたものだ。
「ソレイユさん、明日用の買い物はおもいっきり私用なので、業務が終わったら付き合ってください」
「はい……」
護衛対象者に仕切られて、じわじわと騎士としての自信が揺らいでいく。
「って、いうことで、所長、敵の狙いがはっきりしたので、渡したお仕事返してください」
「まったく、イスズは」
呆れながらも、ビームス所長はいくつかの書類を戻していた。
「ところで、所長。ジェットの一人合宿は認められたんですか」
「ああ、それか。認めた。ヴァンフォーレ君にも休んでもらえんしな」
「へ? ジェット、そんなことしてくれてたんですか?」
イスズがこちらを見上げてきたので、明け方に見張りを代わってくれたと伝えれば、妙に感心していた。
それは、どこかほころぶような嬉しさが滲み出ている表情で、ほとんど寝ずの番をしていた側としては損した気分になる。
「それとな、イスズ。俺も泊まることにした」
「ビービーが、なんで?」
「なんでも何も、この状況で間違いでも起きたら申し訳が立たん」
「今さら、なんの間違いですか」
「ヴァンフォーレ君だけなら心配ないが、ジェットがいるからな。対抗意識で、うっかり盛り上がられたら誰も敵わんだろうが」
「意味不明ですけど、同室じゃないならいいですよ」
「珍しいな。反対しないのか」
「昼間は、みんながいるから平気なんだけど、夜になるとちょっと……」
ずっと強気だったイスズも、自覚した後は夜になるのが怖かったのだろう。
苦笑した所長は武骨な手で優しくイスズの頭をなでていた。
「この件が終わったら、久しぶりにオカルトツアーでもするか?」
「うん、ありがとう」
このやりとりを誰もが微笑ましく見守っていたのだけど、自分だけは胸騒ぎを感じて素直に見ていられなかった。
「あ、そうだ」
何かを思い出したイスズは、くるりと笑顔を向けてくる。
「ソレイユさんは就業時間が終わるまで休んでていいですよ」
「……」
かろうじて「そうですか」と返した自分は、妙な無力感を味わった。
気持ちとしては護衛対象から目を離したくなかったが、下手な意地を張って大事な時に動けなければ、いる意味がない。
情けなく見えないよう研究所から引き下がると、ふと来客の受付窓口であり、事務所となる部屋の扉に目が行った。
そこには、現在、事務員のナナコさんに代わってジェットが見張りも兼ねて詰めている。
騎士の自分などよりも頼りにされている少年。
卑屈になっても始まらないと首を振り、姿勢を正して階段を上がっていった。




