気になる
* Sideソレイユ
「いらっしゃいませ」
雪鈴亭に着くと、看板娘のルルが元気に出迎えてくれた。
「ルルさん、今日からしばらくお昼に通うから、個室使わせてもらってもいい?」
「イスズさんなら、いいですよ。ね、店長?」
「ああ、好きに使わせてやれ」
「ありがとうございます。お世話になります」
という、やり取りがあって、昨夜も利用した個室に案内される。
「イスズさん、大丈夫なんですか」
「昼間だと空いてるんで。夜だったら、私くらいじゃ、絶対使わせてもらえないですけど」
「すごいですね、イスズさんは」
「どういう意味ですか」
「しっかりと自分の世界があって、多くの人に認められている」
「……あのー、それは大いなる誤解ですよ」
感心した褒め言葉に対し、イスズからは困った気配が返ってきた。
「実は、お昼に個室が使えることを教えてくれたのはビービー、所長なんです。私はパンでも買って、研究所で食べるつもりでした」
「そうなんですか?」
「はい。でも、さっき、つけられてましたよね」
「気づいていたのですね」
「いえ。今回は、ソレイユさんが警戒している仕草でわかりました」
「そんなに、わかりやすかったですか?」
自然を装っていたつもりなので、軽くショックを受けた。
「絶妙でしたよ。ただ、私も仕事柄、色々観察をしているので、側にいたから読めたまでです」
こちらとしては、護衛対象に余計な気を回させた時点で反省しかない。
「それでですね、そのまま研究所に戻ったら、みんなに迷惑をかけるかもしれないって思ったら、お昼は外の方がいいかなと考え直しました」
だから、全然、しっかりしていないのだとイスズは否定してきた。
「それに、研究所じゃ、ソレイユさんも気を抜くことができなさそうですし」
「私ですか?」
「いくら訓練の積んだ騎士様とはいえ、いつも気を張っているのは大変でしょう。帰ったら、みんながいる内に休んでください」
「イスズさん……」
「せっかくの涼しげな目元がむくんでいるのが申し訳なくて」
「は?」
「それに、短期決戦と言っても一週間くらいみているなら、休まないと持ちませんよ」
「……」
イスズの指摘は妙なダメージを与えてくれる。
「えっと、すみません。そんなこと、私なんかに言われるまでもないですよね」
上目遣いに申し訳なさそうに見られると、尚のこと、言わせた己の至らなさを思い知らされるようだ。
「お待たせしました」
タイミングよく、ルルがランチセットを運んでくれたのが救いだ。
しばらくは無言で食べながら、チラッと盗み見たイスズが幸せそうに食べているので口を開いてみる。
「食事をしながらでいいので、話をしてもいいですか」
「はい、どうぞ」
イスズは気まずげに見上げたものの、嫌そうではなかったので、遠慮しないことにする。
「イスズファンクラブとは、どんな集まりなんですか」
「ああ、それですか。ただのオカルト情報交換会ですよ」
「本当に?」
「はい。って言っても、ジェットが会長として仕切りだしてからは、やけに統率されてるみたいですけど」
「メンバーは誰でもなれるのですか」
「ジェットが言うには、私と知り合いっていうのが条件らしいです。でも、同僚が会員だったのも知らなかったくらいなので、怪しいものですけど」
この説明に納得していない内心が顔に出ていたのか、イスズは解説を付け足してきた。
「オカルト好きって、案外いるんですよ。名前は伏せますけど、某大手新聞記者とか商店街の役員とか。なので、相手方を突き止めるのは時間の問題だと思います。じゃないと、ヤバイ人達が動いちゃうので」
「ちなみに、ヤバイ人達とは?」
「暗鬼の黒子さんとか鉄壁要塞さんとか呼ばれている方ですかね……」
どちらも、騎士団で強者として名の知れた新旧の隊長だ。
そして、おそらく、熊殺しのワラントもイズクラのメンバーに違いない。
「まあ、一番最強は名誉会長なんですけど」
イスズが視線を外してつぶやくその人に、実は心当たりがあった。
「前国王ですか?」
「はい……」
現国王の祖父にあたる人物だ。
モモカ姫が研究所でおじい様と言っていたので、もしやと思い当たった。
「名誉会長は研究所に土地と建物を提供してくれただけですけど、一声かければ未だに影響力はありますからね。でも、今回ばかりは動かないと思いますけど」
後半は、ぼそりとつぶやいたので、上手くは聞き取れなかった。
「あの研究所は、やはり重要な拠点なのではないですか」
「そう思われても仕方ないですけど、会長もかなりのオカルト好きなんです。ただ、オカルトに特化しすぎると会長のポケットマネーが消費されるだけなので、騎士団関係のこぼれ仕事を定期的に回してもらっています」
「前国王がオカルト好き? 聞いたことありませんが」
「当然です。イメージ戦略として、宰相さんらが秘匿させますから。なので、個人の趣味の範囲ですけど、地下にある貴重な資料は会長の提供なんですよ」
「そうでしたか。でしたら、偽霊媒師神隠し事件も、騎士団から回ってきた調査なんですか」
「よく覚えてますね」
「気になりましたから」
「あれは、研究所に届いた怪文書が発端なんですけど、調べてみたらオカルトでもなんでもなくて、ただの泥沼愛憎劇でした」
そう言われると、ますます事件が気になるけれども、イスズがこれ以上聞いてほしくなさそうなので追求はやめておこう。
「ソレイユさん。ついでなので、他に聞いておきたいことはありますか」
「では、ナナコさんが言っていた、逆ハーとは?」
「……」
イスズがなんとも言えない顔をするので、いけない単語なのだろうかと返事を諦めかけていたら、視線をそらしながらも口を開いてくれた。
「黙っていたら、いつか誰かに聞いて恥をかかせそうなので教えておきますけど、覚えておく必要はないですからね」
そんな前置きをしながら、苦々しげに答えてくれる。
「男女が逆転したハーレムのことです」
意味は理解できたものの、ピンとはこない。
「研究所は私以外男だし、イズクラもそうだから、ナナコさんが言ってるだけですけど」
イスズはたいそう不本意な様子だったので「女性でオカルト好きが珍しいせいでは?」とフォローしてみる。
「っそう、そうなんですよ! 女の子相手じゃ、オカルトや冒険の話をしても通じないんだから男子と話すしかないだけなのに、それはそれで媚びてるとか言われるんです。どうすればいいんだって、思いませんか!?」
前のめりになってまで食いついたイスズは、戸惑うこちらの顔を見てはっとしたらしかった。
「度々、すみません。言ってもしょうがないのはわかってるんですけど……」
「私でよければ、聞きますよ」
「え?」
「私も昨日、聞いていただいて気持ちが軽くなったので、遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます……。あの、ソレイユさんは大丈夫ですか?」
「まあ、なんとか」
これには苦笑するしかない。
まさか、連日で訪ねてくるとは思わなかった。
「しかし、事務員の方には驚かされました。城内では誰にも信じてもらえなかったのに、ああいう方もいるんですね」
「ナナコさんの女子的観察眼は、研究員よりも鋭くて正確ですから。あ、でも……」
「でも、なんですか?」
言い淀むイスズに、先を促す。
それでも言いづらそうに口許に手をあてると、上目遣いになって続きを話してきた。
「でも、ナナコさんは好きになったら駄目ですよ」
「えっ」
瞬間、心臓が止まった気がした。
それから、その反動と言わんばかりに脈が騒ぎだす。
「ど、うしてですか」
聞かない方がいいような気がする反面、知りたくてたまらない急かす何かがあった。
「ナナコさんには彼氏がいるからです」
「……へ?」
「もちろん、騎士のソレイユさんが本気なら止められないですけど、でも、できれば拗らせないでほしいなと思いまして」
なんだか妙に脱力した。
答えが想像していたものとは違ったからだ。
だからといって、何を期待していたのかと問われても、今となっては自分でもわからないけれど。
「ご心配なく。素敵な方だとは思いますが、彼女を好きになることはありません」
「そうですか? うん、そうですよね。お姫様でも揺らがないんだから、今は騎士道に邁進したい時期ってことですものね」
「ええ、その通りです」
同意しながらも、奇妙な違和感が胸の内で渦巻いていた。