万能感
* Sideイスズ
「ソレイユさん、どうかしたんですか」
囮作戦の外出で郵便局の用事を済ませ、研究所を出た時から落ち込んで見える騎士様に声をかけてみた。
「あの……イスズさん、どこかで話せませんか?」
「はい?」
「色々と思うところがありまして」
「いいですけど。じゃあ、お昼はどこかに入りましょうか」
「はい、すみません」
「いえ……」
チラリと端整な横顔を盗み見ると、落ち着かない気分になる。
なぜ、自分は騎士様に申し訳なくされているのだろうと。
元からの性格なのか、微妙な事情を抱えているせいなのか、何度かぷっつんしたことはあっても偉そうな態度は見かけない。
私が勝手に抱えている秘密のせいで、みんなを巻き込んでいる自覚はあるため、この真摯な騎士様を目の当たりにする度に己の神経の図太さを突きつけられるようで色々と抉られる。
「はぁ」
こっそりため息をついて、うちの研究所御用達の雑貨店に向けて歩きだした。
そして、ヒソリとナナコさんに頼まれた物と変装させてもチラチラと振り向かれる騎士様の掛け合わせを考えて頭が痛くなって仕方ない。
雑貨店では、さっくりとペンやらインクやら、日常に消費するものを買った。
研究所用なので定期配達してもらうことも可能だけども、うちではナナコさんの仕事になっている。
なぜなら――
「ワゴンセール、発見!」
飛びつく私に、騎士様は首を傾げた。
「それは、研究所で使っていたメーカーと違いませんか」
「よく気づきましたね」
さすがは敏腕騎士様。
「いいんですよ。こだわりがある物は個人で持ち込みますし、予算があるので、よほど粗悪じゃない限りは安さが正義です」
「はあ、そうなんですね」
騎士様は違う世界のルールを教えられたような顔で感心していた。
違いますよ、ただの庶民式セコい節約術なだけですから。
あれこれ予算内に納めた満足感と共に、買い出し品は持ってきたリュックに詰め込んで騎士様が背負ってくれることになった。
万が一のことがあったら荷物は放り投げていいとは伝えたものの、いくらお買い得でも今は控えておけばと多少の反省がよぎったのは会計が済んでしまっていた。
「さて、あとは……」
「外での食事は、雪鈴亭に限らせてほしいのですが」
「ああ、はい。それは私も思ってました」
寝る時と同じくらい、食事の時間は無防備だ。
何より、そんな時まで神経を張りつめていたら消化にも食材にも悪い。
「でも、その前にもう一件、いいですか?」
「はい。どうぞ」
騎士様は何気なく許してくれたけど、私的には本当にいいんだろうかとの躊躇いが消えてくれない。
「ここなんですけど」
「はあ……」
案内した先で騎士様が見上げた店は、パステルカラーで彩られた女子向けのブランドショップだ。
「大丈夫ですか?」
「もちろん、どうぞ」
やはり騎士様はなんなく許した。
そして、迷いなく店内についてくる。
けど、こっちは気が気じゃない!
ここにいるのは、女子の最前線にいる猛者ばかりなのだ。
騎士様みたいなのが紛れ込めば、たちまち見い出されてしまうに違いない。
ものすごくヒヤヒヤしながら、お目当ての化粧品コーナーを目指したら、限定品の発売日とあってか、なかなかに賑わっていた。
「えっと……」
不慣れさと目立ちたくない焦りの中、並ぶ商品のさっぱり見分けられない絶妙な違いに、託された番号と色名が書かれたメモを取り出そうとポケットを漁っていたら、一つの口紅が差し出された。
なぜ騎士様が知っているのだろうと不思議でならなかったけど、あまりに自然に出されたので受け取ってしまった。
「イスズさんでしたら、この辺りかと」
「えっ、私の!?」
メモと見比べれば、ナナコさんの指定してきた色は騎士様が選んだものより左にあった。
「違うんですか?」
「違いますけど……」
ふんわりした店に入るのすら気が引ける私が、こんなところで買うわけない。
「すみません、出過ぎた真似をしました」
ほんのり頬を染めて恥ずかしくなっている騎士様は、じわりと女子の視線を集め始めていた。
恐るべし、騎士様。
これは餌食になる前に店を出なければと、二個の口紅を手にチャッチャと会計に向かった。
「あの、よろしかったのですか?」
「ナナコさんの分は確保できたので、ご心配なく。こちらこそ、説明しないで付き合わせてすみませんでした」
「いえ、そうではなく……」
「ああ。私の分は、しばらく断食してたせいで、今月は余裕があるから大丈夫です」
「なら、よいのですが」
憂いを帯びた美貌を前に、それにしてもと考えてしまう。
騎士道まっしぐらの武骨なタイプかと思えば、さらっと化粧品を選べるなんて、よくわからない人だ。
オカルト界でそこそこのところにいる私は、よそでは使い物にならない取り柄なしだというのに、極上の騎士様というのはどんなことにも万能らしい。
「あの……イスズさん?」
「なんでもありません。いい時間なので、雪鈴亭に行きましょう」
「はい」
いつ何時でも絵になる姿を横目に、つい、しみじみと世の中の不公平を実感してしまった。