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作戦会議と差し入れ


* Sideイスズ



「作戦を多少変更する。敵の狙いがクリップの指摘する通りだとしても、今となってはイスズの身も危ういからな」


ビービーの発言に納得がいかない。


「いいか、イスズ。敵さんは、標的が一週間も誰にも話さず籠城しきるような相手だとわかったんだ。安い手じゃ脅しにならないと考え直す。おまけに護衛の登場だ。だったら、標的を傷つけ、警戒する周囲に元凶を探らせた方が情報を暴露するには手っ取り早いと算段してもおかしくない」


筋の通った解説に言葉がなかった。

まさか、自分の行動が、こんな風に倍返しとなって戻ってくるとは。


「イスズ」


不意に恐いくらい真剣な眼差しで名前を呼ばれる。


「こういう状況を踏まえて、話しておきたいことはないか」


「ありません」


意思を貫く覚悟は決めていた。


「もちろん、大人しくやられるつもりもありません」


「……わかった。なら、いい」


それ以上は何も言われなかった。


「こちらとしては、相手方のボスにイスズを利用するのを諦めさせたい。そのためには、しっかり灸を据えてやる必要がある」


作戦を変更しようとも、過激な方向性は変わらないらしい。


「それから、ジェット。イズクラの情報網をフル活用する許可を出す。但し――」


「ヤバイ人達には、静観してもらうよう根回ししておけ、でしょ」


ジェットが先回りをしてセリフを取ると、ビービーは片眉上げて笑った。


「じゃあ、早速、動いてきます」


宣言するなりジェットが立ち上がったので、とっさに「ごめんね」と声をかけたら、不満な顔を返された。


「えっと……どうぞ、よろしくお願いします」


言い直してみたら、たちまち機嫌を直してくれる。


「はい、頑張ります!」


駆けていく背中を見送りながら、ジェットも成長しているのだなと、姉の気分で見送ってしまった。


「じゃあ、イスズ。お前は、しばらく囮として最低一日二回は外に出るように」


「所長。それって、結局、最初の予定と変わらないですよね」


「いいや、向こうが本格的にイスズを狙ってくるなら、ヴァンフォーレ君が片っ端から切って捨ててくれてる間に、イズクラが黒幕を探れる」


ちらりと騎士様を見れば、驚きを持って聞いていた。

まあ、騎士道精神で考えれば、守りたい者を囮に使うのは邪道でしかないのだろうけど、うちではこれくらい普通に問題なくやる。


「頼んだぞ」


ビービーの信頼に、騎士様は緊張しながらも反論をしないで承知していた。


「それでだ、ナナコ。今日からしばらく、外出の用事は全部イスズに回せ」


「えー」


「何か都合が悪いのか」


「いいえ、別に」


ついでの寄り道が楽しみなナナコさんの唇は、返事とは裏腹に不満げだった。

そんなわけで 、本日の買い出しが私に回ってきたのだけど、研究所を出るまでもなく流れがそれどころではなくなってしまった。

直後に、ついさっき意気揚々と出かけたはずのジェットがぎこちなく戻ってきたからだ。

しかも――


「おはようございます、皆様」


「は?」


ふわふわなピンクのドレスを着た本物のお姫様を連れて。


「どうしました、モモカ姫」


そつなく立ち上がったビービーも、戸惑いが隠しきれてない。


「昨日は突然の訪問で、ご迷惑だったのではと申し訳なくて。それで、お詫びというわけではないのですが、差し入れを持ってきましたの」


モモカ姫は、お付きの侍女からバスケットを受けとると、はたと困った。


「まあ、どちらに乗せたらよいのでしょう」


研究室での会議だったので、物を置く場所がなかった。

置ける場所は、すでに書類やら書物がはみ出すほど占領している。


「ここではなんなので、客室へどうぞ」


「いえ。今日は差し入れをしたかっただけですので……ヴァン様」


愛らしい声で名前を呼ばれた騎士様は白い顔を一層白くして向き合っていた。


「ヴァン様のお好きなものを入れておきましたので、ぜひ召し上がってくださいな」


こう指名されては、騎士様が受け取るしかない。

バスケットを渡されても礼すら難しい様子で、無言で頷くのが精一杯な感じだ。

それでも、モモカ姫はふわりと笑い返して、失礼しますと膝を曲げて帰っていった。


「はあ、天使の微笑み」


誰よりも、うっとり見とれていたのは私ですとも。


騎士様の話を疑ってるわけじゃないけど、私の目には天使か妖精の化身にしか映らなかった。

他の研究員も似たり寄ったりの反応だけども、細かい違いに敏感で計算高く腹黒い女子の荒波を先頭きって泳ぎ渡っているナナコさんだけは違ったらしい。


「モモカ姫って、もしかしてソレイユさんの追っかけ?」


鋭い指摘に騎士様は息を飲んだ。

誰にも信じてもらえなかったと悲壮な顔で告白していたくらいだから、こんなに素早く的確に見抜いてしまうなんて信じられないのだろう。


「しかも、思い込み激しいヤバイ系?」


更なる指摘に、騎士様は、もはや愕然としていた。

下手すれば不敬極まりない発言をものともしない辺りが、さすがのナナコさんだ。


「なぜ、そんなことを……」


「昨日の今日だし、わかりやすくマウントしてったから」


「マウント、ですか?」


「そう。さりげなく、私は彼の好みをよーく知ってるんですよってアピール。しかも、ソレイユさんの顔が引きつってるのに、あらあら、照れちゃってみたいなリアクションを返せるのはヤバイ系でしょ」


「はあ……」


思わぬ展開で隠していた現状を見破られた割に、騎士様はホッとしたような顔に見えるのは気のせいか。


「事前に話には聞いていたが、ナナコが言うなら深刻なんだな」


ビービーは、これまた困ったことだと額を押さえてるし。


「護衛の立場で、ご迷惑をかけて申し訳ありません」


「こういうものは縁だからな。どちらかにその気がなければ、どうしようもない。姫も、早く他に目移りしてくれると楽なんだが」


確かに、そうなんだけどね。

そんなことを言ってるビービーだって、無理だと思ってるに違いない。

なにせ、黒騎士様は最上級の騎士だ。

それと同等、もしくは、それ以上の青年となれば簡単には見つかるわけもない。


「イスズ、迂闊な行動はするなよ」


「わかってます。ちゃんと、ソレイユさんの言うことを聞いて、勝手な行動は慎みます」


「……」


さすがに、囮とわかっていて無茶はしません。

なのに、なんだろう、この頭が痛いみたいな反応は。


「イスズ。あんた、何、のんきなことを言ってんのよ」


「え、ナナコさん。なんで、私、怒られてるんですか」


「いいから、黙って聞きなさい。モモカ姫はソレイユさんに夢中なの。彼は私のものだって、自己主張してったの」


「はあ……」


それくらいは、昨夜から事情を聞いているので理解できてる。


「そんな彼の周りに虫がわいて出たら、あのお姫様、用意周到に駆除するわよ」


「うん。ナナコさん、美人系だから気をつけてね」


「……なんで、あんたは理解してるのにわからないのよ」


なんでか、ナナコさんは、きぃー! と叫んでイライラしてた。


「あんたも、お姫様にとっては害虫なのよ。ソレイユさんは、あんたの護衛でしょ。自分の心配をしなさいよ、自分の」


「え、私? いやいや、モモカ姫だって、私なんか目の敵にしないでしょ。並んでたって、仕事の関係者以外に考えられないんだから」


意外な意見に、つい、へらへらと笑い飛ばしてしまう。


「あんたは何もわかってない! イスズが、いかにマニアックな研究所の残念な研究員だとしても、女ってだけで敵判定が下るのよ。その辺、ちゃんと理解してないと、騎士様の足を引っ張るわよ」


そこまで言われたら、私も表情を引き締めておく。


「イスズさん、すみません。私の事情で面倒をおかけして……」


謝った騎士様は居心地が悪そうに逞しい体を小さくしていた。


「そんなこと気にしないでください。こちらこそ、無茶な護衛をお願いしてすみません」


一応これでも、あれやこれやを反省しているので責める気持ちはぜんぜんない。

むしろ、こちらこそ申し訳ないくらいなのに。


「二人とも、謝罪合戦はその辺にしとけ。ナナコ、今日の予定は?」


「いつもの郵便出しついでに、今日は備品の買い出しに行くつもりでした。メモ、持ってきますよ」


「頼む。イスズは今の内に進めている作業をまとめろ。手をつけてない案件は俺に回せ」


「えっ、所長に?」


「こういう時だ、遠慮するな」


ぽんとイスズの頭を叩いたビービーは、所長じゃない顔に見えた。


「うん、ありがとう」


みんなの心遣いをありがたく受け止めながら、自分が抱えている秘密が後ろめたく増していくのを感じてしまう。


「ねえ、ビービー。会長って、近くに研究所に寄る予定とかあったっけ」


「会長? 近くにはなかったな。確か、しばらく郊外でゆっくりしてくると言っていたが」


連絡をとりたいのかと聞かれて首を振った。

余計な質問で、敏いビービーに勘ぐられた気配がしてビクビクしながらも、ナナコさんがメモを持って戻ってきたので具体的な追求はされずにホッとした。

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