二人の世界と割り込み
※ Sideソレイユ
「イスズさんは逃げるどころか、勇ましく向かっていくタイプですよね」
見た目に反して、逞しく無鉄砲なところが魅力でもある人だ。
「それは、色々と反省してます。だから、例のお茶会後のアレコレは、みんなにお任せしたじゃないですか」
確かに。
しかし、あれだけ豪華な面子が抗議態勢で揃っていたのだから、イスズさんの動く余地がなかっただけとも言えなくはない。
おかげで、城内の上層部に色んな意味で要注目されていることは、クレオス隊長から当人の耳に入れないよう指示されたばかりだ。
「それでも、いまは何もかも放り投げて、イスズさんを拐ってしまいたい気分なんです」
「ちょっと、ソレイユさん。やっぱり、酔っぱらってますよね!?」
「はい、酔っぱらってます。イスズさんに」
「な……」
「それくらい、気分がよくて、楽しいです」
これまでの自分では言わなそうなセリフが口から飛び出して、色んな意味で笑ってしまう。
ああ、きっと、盛大に呆れられてしまうのだろう。
もし、自分達に別れる時がくるのなら、理由は彼女に呆れられて距離を置かれたからに違いない。
そんなことを考えていたのだけれど、イスズさんは、こちらの想像なんて軽々と躱して迎え立つ。
「……」
たぶん、呆れてはいるのだろう。
けれども、一目見て浮かんだ表現は恋人の顔、だった。
言葉にすれば愛しいとか、情の深いとかを当てはめるのだろうけど、どれも野暮な気がする。
明確なのは、自分だから見られる表情だということ。
「イスズさん」
「はい」
「いますぐ抱き上げてキスしてもいいですか?」
「……はい!?」
思うままを言葉にしたら、イスズさんは史上最高じゃないかと思うくらい目を見開いて仰け反った。
いきなりで驚かせたことは悪いと思うのだけど、大きく距離を取られたわけではないのをいいことに、そっと手を伸ばしてみる。
どこまでなら許されるのだろうか……。
言葉にした願望とは裏腹に、ゆっくりと慎重に近づける指先が後わずかで頬に触れる。
イスズさんは緊張して固まっているけど、見つめ合ったままで逃げる様子は見られない。
まるで二人きりの世界。
「やっぱり!」
「「!?」」
明るい大声に驚かされて、ここが薄暗い繁華街の脇道だと思い出す。
そうして、嫌な予感がしてみれば、通りの向こうには好敵手のジェットがブンブンと手を振って主張していた。
ニコニコと駆けてくる姿は年下の愛嬌ある少年だけども、好敵手と呼びたくなるほど侮れない狡猾さが研ぎ澄まされている。
「こんばんは。こんなところで奇遇ですね」
無邪気に話かけてくれる姿に、さっきの「やっぱり」には含むところを感じてしまうのは考えすぎだろうか。
「こんな時間に、どうしたの?」
「あ、それなら大丈夫です。みんなと一緒だから」
振り返るジェットの先を視線で追えば、研究所の面々が揃っている。
「ただならぬ様子で何かに反応したかと思えば、イスズ達だったのね」
ナナコさんの発言で、割って入りにきた可能性がほぼ定まった。
さすがに、狙って探されてたとは思わないけど、今日はやけに顔見知りを引き当てる運がついて回るらしい。
「丁度よかった。これから、研究所で二次会としてお茶でもしようって言ってたところだったのよ、所長が」
ナナコさんから聞く名前に、ジェットの比ではない、冷やりとしたものを感じてしまう。
自分と会っている日に、わざわざイスズさんが帰る先である研究所に集まるなんて、妙な警戒をされているという証では……。
チラリと目を向ければ、大人の笑顔を返される。
それが保護者としてなのか、騎士としてなのか、本気の警戒か念の為なのかもわからないので深くは考えないでおこう。
今後とも、良好な関係を築いておきたいので。
イスズさんの方は何を勝手にと不満げながらも、このまま全員で研究所に向かう流れを止める様子はないようだ。
とすれば、自分だって参加させてもらうつもりでいるのだけれども、少々面白くないのは仕方がない。
焦る気持ちはないし、早々に仲を深めたいとも考えてはいなかったのだけど、どうやら自覚しているよりも欲深いところがあったらしい。
研究所メンバーで団子になって歩き出す中、イスズさんの肩甲骨辺りを突ついて気を引いてみると、キョトンと振り向いた目を見つめながら、こそりと耳元で囁きかける。
「イスズさん。続きは、また今度」
頑張って腰を砕けさせる色気を演出してみれば、真っ赤になって耳を塞がれてしまう。
護衛対象から逃げ出したくせに、それなりに狡くて欲深いところもある己は、イスズさんの前だと騎士らしく紳士に取り繕うことが難しい。
「ソレイユさん!」
可愛い顔で怒ってくれる態度に、情けなくも、ちょっとホッとしてしまう。
でないと、どんどん調子に乗ってしまいそうで自分が信用ならない。
「イスズさんがしっかりした人でよかったです」
「それは、ほめてるんですか?」
「もちろん。さあ、行きましょう」
すっと手を出せば、ためらう様子を見せられる。
研究所のメンバーが一緒だからだからだろう。
それでも、きっと困りながらも繋いでくれると信じられる自分は幸せの限りだ。