本命とご対面
* Sideイスズ
「あれ、先生がいないと思ったら、神が来てたんだ。久しぶりだね」
ひょこっと開いている扉から顔が覗いて、ひょいっと気楽に入ってくる。
「神はやめてください」
「君という息子さんがいなかったら、騎士ハイターは生まれなかったんだから、ありがたく拝ませておいてくれ」
どうやら、作品のきっかけの存在として、ソレイユさをは関係者から神様呼びされてるっぽい。
ちょっと謎だったので、教えてくれてありがたいんだけど、それをしてくれた人が、これまたすごい人。
「……生ハイター」
しかも、男装の騎士役の人と違って、こちらはまだフル装備の衣装姿だ。
「はは。目がまんまるで、可愛い反応だなぁ……って、俺のブロマイドがないんだけど」
「え、あっ、そっ……」
それを言われると、見惚れてはいられなくて、そっと視線を外すしかない。
「まあ、いい」
女優さんの手から万年筆と台代わりにしていたパンフレットを奪い取ったハイターは、サラサラとサインを加えて手渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
いいのかなと戸惑いながらもお礼を告げれば、ハイターの顔で笑いかけられた。
「お嬢さん。あんまり、よそ見をしていると迷子になってしまうから、しっかり俺の後ろをついておいで」
びっくりして固まってたら「返事は?」と催促されて、混乱しながらも「はい」と反射で返してしまう。
「よし、いい子」
「!?」
そこにいるのは、完全完璧な爽やかで情に厚い騎士ハイターでしかない。
普通に格好よすぎる。
「まったく、うちの役者共は。そろそろ、私も挨拶をしたいんだけど?」
と、ナイスミドルなおじ様の一声で、我に返って青ざめた。
なにしろ、誰よりも先に謝罪をしなければいけない相手がそちらなのだから。
「はいはい。じゃあ、俺達はここで。引き続きハイターの応援、よろしく」
素に戻って、軽く手を上げて歩き出す主演俳優さんの背中に、慌ててサインのお礼を伝えてから向き直る。
「あの、ご挨拶が遅れてすみません。イスズ・コーセイです。この度は、わざわざ席を取り直していただき、大変申し訳なく……」
「大丈夫、大丈夫。ソレイユから話は聞いているから。初めてまして。ハイターの脚本兼演出で、ソレイユの父親のディノスです」
そう、ソレイユさんと似た面差しのこちらの方こそが、私がバックヤードまでやってきた目的のお方。
ニコニコと柔和なディノスさんと硬派な騎士様のソレイユさんとはだいぶ雰囲気が違うのに、親子という感じがするのが印象的だ。
「舞台はどうだった?」
「はい、すごくすごく楽しかったです」
答えながら、頭の悪い感想だったと、他の言葉を探している内にディノスさんが笑いだした。
「言わせたみたいで、ごめんね。実は、拍手喝采で感動してくれてたところを見ていたから、喜んでもらえていたのは知ってたんだ」
そんなことを言われては顔が熱くなる。
席を用意してくれてたのだから知ってて当然で、ましてや息子の連れとなれば気になるのも当然のこと。
チラリと見上げれば、ディノスさんはより一層、ご機嫌そうなので何も言えなくなる。
「えっと、これ、頼まれていたファイルです。複製なので、読み終わったら処分するなりしてもらって構いません」
とりあえず、話題を変えようと、お土産として持参してきた物を渡してみる。
中身は後で確認してもらえばいいというつもりで紙袋ごと渡したのだけど、ディノスさんは、その場で取り出してファイルをめくりだした。
しかも、パラパラと流したついでに、何が気になったのか、黙々と読み込みだしてしまう。
これはチケットのお礼を兼ねたお土産の相談をソレイユさんに軽くしてみたら、本人に聞いてくると言われてしまい、その答えが私の研究論文だったので引っ込みがつかなくなり渋々と持参した代物だ。
興味を持ってもらえたのは嬉しいんだけど、正直なところ、気を使ってくれただけだと思ってた。
なのに、目の前で早速の熱心なチェック。
となると、もう一つの可能性の、息子さんのお相手の検分なのではと緊張してしまう。
不安げにソレイユさんを見やれば、困ったような、申し訳ないような顔で額をかいている。
「父さん、興味津々なのはわかるけど、後で読めるんだから」
そう言って、呆れ困ったように無理やりファイルを取り上げてしまった。
されたディノスさんがとても残念そうに「ああ」と両手で追いかけるので、ちっちゃい子がおもちゃを取り上げられた場面が重なってしまう。
しかも、ディノスさんはめげずに、紙袋からもう一冊のファイルを取り出してた開いたから驚いた。
言っちゃあ悪いけど、オタク気質のお仲間感を察してしまい、ほんのりと親近感を持ってしまったのは心の内だけの話だ。