願掛け
※ Sideソレイユ
「あ、でも、まだ終わってないというか、とんだ飛び火が一つありましたね。そちらはどうなりましたか?」
忘れてはいけない新たな問題を思い出して、最新の様子を確かめる。
「ナナコさんですよね。さすがに、王妃様のご指名は簡単には断われないですけど、引き受けちゃうには色々と問題しかないですから」
何があったかと言えば、モモカ姫の本格的な教育改革が必要だと身を乗り出した王妃によって、なぜだかナナコさんが指名されたのだ。
ナナコさんの血筋がバレたのかも不明な上に、同年代の姫君の教育係を頼まれても頷けるわけがないのだけども、相手は王妃である。
しかも、押しつけるつもりはないと告げる裏で、ナナコさんから申し受けるよう、あの手この手で懐柔しようとしてくる辺りが王族の憎らしさもあった。
個人的には、ナナコさんに感謝しきれないほどの恩義があるので、呼び出しの時に誰かを付けられないかとクレオス隊長に相談したところ、どういう経緯かは不明ながらも、騎士団で尊敬と畏怖を集める老獪のワラント・ベア大隊長が召喚されていた。
おかげで、圧に負けて同意させられることは回避できているらしい。
「でも、さすがはナナコさんですよ。本当にこれしかないって折衷案で見事に回避しちゃったんです! 正確には、只今、回避中って感じなんですけど」
キラキラと語りだしたイスズさんを見る分に、なんとかナナコさんは大丈夫なようだ。
尊敬すべき恩人の状況によかったと思いながらも、やっぱり微妙に嫉妬してしまうのは、もう性分だと思って諦めるしかないところが情けないけれど。
そんなイスズさんが言うには、モモカ姫に直接教える立場は恐れ多いので、モモカ姫の指南役の指南なら引き受けさせていただくと提案したらしい。
そこまでを話すと、イスズさんは何やらきょろりと辺りを見回してから、こそりと口元に手を当て、内緒話をするように小声になる。
「ああいうタイプへの取り扱いマニュアルを仕込んでおくから、一般人を巻き込むのはやめてほしいわ――ってことらしいです」
上目遣いに、秘密を共有しようと見つめてくる親密さに、恋人となった実感を噛みしめる自分は、きっと誰よりも幸せな浮かれ男の自信がある。
なんて、最高にニヤけていたら、イスズさんの足並みが微かに崩れた。
完全には立ち止まることなかったものの、さりげに足早になって歩みを進める。
その原因を横目で確認して、「ああ、本当に拝むのだな」と感心してしまった。
発端はイズクラのフェイルさんが、小説作家フェイルシル・ジルバとして「モデルはあくまでモデルであって、作品は全責任を負う覚悟で創作している」という声明をファンクラブ会報誌に載せたことだ。
それにより、熱心なファンは騒がないようにと広めてくれたのだけれど、ある意味、イスズさんがモデルだということも広まってしまった。
同時に、ハイヤーの件で自分との関係なども知られるところとなってしまったわけで、それでも騒ぐわけにはいかないというファン心理でジレンマの中、何を思ったのか、ひっそりと拝んでみた人がいたらしい。
そこから一部に定着してしまったのだとか。
「私は縁起物じゃないのに」
なんとも納得のいっていないイスズさんは、まだ早足のまま。
「二人の時に拝まれたので、恋の願掛けなのでしょうね」
そう声をかければ、立ち止まり、ギロリと睨まれる。
イスズさんが一人の時に拝むと仕事運が、自分といる時に拝めば恋愛運が上がると言われているらしい。
「まだ時間に余裕があるので、話をしながら歩きませんか」
「……ですね」
手を出しながら誘えば、躊躇いながらも応えてくれる。
せっかくの時間を他人のせいで、せかせかとか過ごすなんて、もったいない。
「それにしても、この状況はオカルトの逸話や言い伝えみたいですね」
新たに熱心に拝んでくる少女達を横目に研究員みたいな思いつきを口に出せば、これまたイスズさんは嫌そうな表情を向けてくるけど、手を繋いでいるせいか、先ほどよりはキツくない。
「ソレイユさんまで、やめてください。それでなくても、イズクラメンバーに会う度に言われるだけじゃなく、研究所でナナコさんまで巻き込んで噂が広まる過程を解明したいって、本格的に調査し始めてるんですから」
イズクラの調査力は知っているものの、研究所としてと聞いて、ちょっと結果が気になってしまう。
けれども、これ以上機嫌を損ねたくはないので別のことを口にする。
「ナナコさんには申し訳なさすぎますね。帰りにでも、お礼の品を選びましょうか」
「……あ、それなら、ソレイユさんにおねだりしてほしいです」
「私がおねだり、ですか? イスズさんではなく?」
「違いますよ。私は、そんなことしません」
少々赤くなって否定するイスズさんに、いくらでもしてくれていいのにと思いながら詳細を聞く。
「先に舞台を観たナナコさんが、今回出てきた男装の令嬢役の人のファンになったって熱く語っていたので、ブロマイドにサインをもらえたら喜んでくれるんじゃないかと思って」
「なるほど。じゃあ、舞台終わりに、一緒に父におねだりしてみましょう」
「私がしても、効果はないと思いますけど」
「いいえ。きっと、私がするよりも張りきってくれると思いますよ」
納得してなさそうなイスズさんに、父親と会わせるのが楽しみで、つい、笑みがこぼれた。