大物の抗議と静かなる決着
※ Sideソレイユ
憎きお茶会の騒動がようやく落ち着き、待ち合わせの研究所まで出向くと、入口で待っていてくれたイスズさんに挨拶をしながら、つい全身チェックをしてしまう。
カールされたまつ毛に珍しくチークをはたいて、自分が選んだ思い出の口紅をつけているオシャレ感にしては、あまり浮かれた様子がない。
「きちんと寝られていますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
苦笑しながら返してくれたイスズさんは、それでも昨日は寝付きが悪かったと続けて答える。
「色んなものを数えたりしてみたんですよ。羊とかウサギとか妖精とか」
最後のワードがらしくて微笑ましい。
「騎士だと、軽くお酒を飲んで厚い兵法の本を読むというのが定番ですね」
「初めて聞きました。私なんか、オカルト関係の本を読んだら逆に目が冴えちゃいそうですけど」
これまた、らしい返しにほんわかしていると、なぜか、じいっと見つめられてしまう。
「ソレイユさんこそ、きちんと寝られてますか?」
一応、姉直伝のクマ隠しを施してきたのだけれど、隠しきれていなかったらしい。
「まあ、色々と忙しかったんですが、昨日はむしろ、寝られた方なんですよ。ただ、ちょっと、夢見が悪かっただけで」
「どんな夢だったんですか?」
「……それが、ハイターと並んでイスズさんを迎えに行く途中で、巨大化して手足の生えたハイヤーに邪魔された上に潰されかけたという……」
「ソレイユさん。それ、ただの正夢じゃないですか」
実に適切な指摘に、乾いた笑いしか出てこない。
ハイターとハイヤー。
一字違いだというのに、片や勇敢なる騎士であり、もう一方はギリギリを攻めてくるセレブ雑誌という異なる性質でありながら、なぜだか不運な交差をしてしまった結果、この一ヶ月ほどは観劇は疎か、昼夜に食事デートをする暇すらなくなってしまったのだから、あんな悪夢を見てしまうのも無理はなかった。
あの謝罪集会と化したお茶会から一週間は平和だった。
直属の上司であるクレオス隊長にお茶会の報告をし、許可を得てモモカ姫の護衛と報告書の擦り合わせをした程度で、イスズさんの方もフェイルさんに勝手にモデル使われた抗議の手紙を送ったくらいだと聞いている。
イズクラというか、会長のジェットにもお茶会の報告をしたが、ナナコさんのとりなしもあって、要注意人物には代表者四人に送ったような手紙をプレゼントするだけにすると妥協された。
それで妥協と言い張るジェットは不満気だったし、モモカ姫も対象なのかは知れなかったけれど、ここでは自分の出る幕がなさそうで聞かずにおいた。
問題が起きたのは、ちょうど八日後。
隔週発行のハイヤーの発売日だ。
そこに読者投稿という形でお茶会の集団謝罪について詳細に記載されていた。
さすがに出てくる名前は仮名だし、投稿者もペンネームが使われていた。
が、あれだけの参加者がいたので、わかる者は大勢いたし、人の口に完全な蓋をするのは難しい。
そこで関係者が抗議に動いたわけだけど、その面々が困ったことに酷かった。
まず、王族としてドラグマニル公が、その裏で投稿者と出版社の探り入れを王妃がし、負けじとばかりにイズクラも動いた。
そこに、珍しくもナナコさんが加わりたいと手を上げたことにより、ビートル所長を筆頭に研究所ごと参戦することになったらしい。
ナナコさんが引っかかったのは投稿文に対する編集者のコメントで、「そんなに大勢に謝らせるなんて、とんだ悪役令嬢だね(笑)」とあったからだろう。
自分が作った流れだったので放っておけないと立ち上がり、リリベル嬢とも密に連絡をやりとりしていた。
それらに加えて、同じ社内の文芸部が抗議に回ったので話が妙に拗れてしまった。
問題となったのは投稿文で使われていた仮名にイスズさんをモデルにしたとされている作品のヒロインやヒーローの名前が使われていたため、人気作家のフェイルさんが猛反発したことにより担当、上司、部所まるごとと、気づけば大きな勢力となって内部対立を起こした。
これに対するハイヤーチームは、数々の訴訟による慣れによって小賢しい理論を展開してきたものの、さすがに相手が悪すぎて、次号の発行日を2日遅らせて謝罪文掲載で決着をみせた。
その間、自分は伝令役としてあちらこちらを走り回り、それはもう大変に大変を重ねた日々だったけど、全てはイスズさんのためであり、時々の束の間、差し入れに食べ物や笑顔を運んでくれる恋人としてのやりとりを糧として頑張れた。
「ソレイユさん、あの謝罪文で全部解決したって思っていいんですよね?」
イスズさんの念押しみたいな確認に、思わず苦笑してしまう。
今回は中心人物だったのに、絶対に関わるな、顔を出すなと所長やジェット達に口酸っぱく言われて大人しくしていたから不安なのだろう。
「本当に大丈夫ですよ、イスズさん。あれ以上も以下もない、最適な着地点ですから」
数日前に発行されたハイヤーに掲載された謝罪文は、読者投稿コーナーの最後にお詫びとして細やかに存在していた。
――お詫び・前号に掲載されたペンネーム憤りのピンクによる記事は、読者からではなく、本誌編集者の知り合いの原稿に、本編集者が大幅改稿をした上で掲載したものであり、本来のコーナー趣旨から大きく逸脱したものであったことを謝罪させていただきます。
今後は同じことが起こらないよう、公正な取り扱いを徹底してまいります。編集者一同――
あれは、本当によく考えられたものだった。
地味で悪目立たないものであり、投稿内容の関係者の存在を何ひとつ匂わせることなく、あくまで編集者サイドの問題だと宣言をさせる。
下町の英雄、サクラ・トラストはマスコミ対応のアドバイスも素晴らしかった。
「私もこうして、休みを融通してもらえましたしね」
とは言え、おそらく、イズクラと王妃はこれから真の制裁を加えることだろうけど、それこそ、イスズさんと自分は触れなくていいことだ。
というか、触れてはいけない。