ご唱和ください
* Sideイスズ
「ひとつだけ、その恐るべき団体の魔の手から逃れる唯一の方法があります。それに賛同してくれるのなら、私も黒騎士様も、あなた達を庇い立てすることが可能になるのだから」
慈愛のナナコさんのお言葉でソレイユさんにも視線が集まるけど、突然のことに戸惑ってる感じだから、打ち合わせをしてるわけではなさそうだ。
しかし、「ねぇ、黒騎士様」と更に同意を求められれば、同じく慈愛の笑みで「ええ」と理解を示す。
ナナコさんの圧と信頼が強すぎる気がしないでもないけど、敵に回らないと誓ったばかりだから黙っておこう。
「では、皆さん。モモカ姫の後に続いてゴメンナサイをしてください」
「……え、それだけ?」
そんな呟きと共に、動揺が広がってく。
だけど、私的にはナナコさんの神采配に目から鱗だ。
これなら、誰かが不利になることもなく、他にないほどスッキリした落とし所にしかならない。
私が深く感心してる隙に、ナナコさんはモモカ姫にも働きかけ始める。
「いいですね、モモカ姫。最初に、あなたがお手本としてお一人で謝ってください。そしたら、お友達も続きますから」
「ちょっと、本気でモモカ姫様にも謝罪させるつもり!?」
ここで声高令嬢の背後の令嬢が立ち上がった。
「悪いことをしたら、謝るのは当然のことでしょ」
「でも、私もモモカ姫様も何も言っていないわ」
「そうね。でも、そんなことは関係ないの。イスズに親しい彼らにとってはね」
「え?」
「彼らにとって、あなた達はイスズが憂鬱になる元凶となった同じ穴の狢でしかないのよ。だから、知らないで参加したとしても、知ってしまったからには謝るしかない。理解できたかしら」
ここまで聞いていれば、伝わるものがある。
ナナコさんも親しい者として怒ってくれていたんだって。
ものすごく飛びつきたい気分を、場を壊さないようにグッと堪えるのが辛いくらいだ。
「ここは、あくまで非公式の女子会です。意味はわかりますよね。では、皆さん、立ち上がってください」
ナナコさんの促しに、遠い席からチラホラと立ち上がるけど、中央に近いほど反応は鈍い。
静かに苛立つナナコさんが再度促そうと口を開く前に、私の隣から手が上がった。
「すみません。その前に、騎士として、私から少々よろしいですか」
せっかくの流れなのに何を言い出すのだろうとハラハラして見上げれば、会場の外周に立っているモモカ姫の護衛達に話しかけだす。
「騎士の皆さん。私、ソレイユ・ヴァンフォーレは先程、王妃様にこの会を見守るよう指示を受けました。そこで、皆さんに指図できる立場ではありませんが、協力を願えませんでしょうか」
「王妃様の指示は把握している。内容を聞こう」
代表して受け答えたからには、その人が護衛としてのリーダーなんだろう。
生け垣と離れの建物に囲まれた庭園の出入り口に立っている背の高い騎士様で、外と内を見渡せる位置取りをしている。
「謝罪の時におざなりな物言いや、半端な頭の下げ方、不満気に顔を歪めて逆恨みしていそうな方をひとり残らず見つけてください」
さらりと高度な要求をしたソレイユさんに、言われた騎士様だけでなく、全員がざわりと動揺する。
もちろん、私も。
「名前などはわからないでしょうから、席の場所さえ押さえていただければ、こちらで、とある団体に照会して報告させてもらいます。給仕に限っては身体的特徴、もしくは、担当していたテーブルを確認しておきたいです。面倒をおかけしますが、先輩騎士の胸をお貸しください」
冴え渡る美貌の笑みに、リーダーの騎士様は頬を引きつらせつつも、すぐに立て直す。
「了解した。私は出入り口を見張っているので、残り四人はヴァンフォーレ殿の要望に応えるように」
「「「「はい」」」」
さすがは騎士様で、無茶な指示でも返事が揃ってる。
でも、給仕も含めて百人以上を四人で見張るのは、訓練された騎士様でも厳しいのではなかろうか。
「イスズさん。すみませんが、少しだけ離れますね」
よくわからないけど頷いてみたら、微笑み返しをしてきたソレイユさんは、続いてナナコさんとリリンさんに後を託してリーダー騎士様のところに向かっていく。
「私も元は姫の護衛でしたから、少しの間、護衛に加わらせていただきますので、あなたも見張りの方へ心置きなく回ってください」
「え?」
「遠慮なくどうぞ。なにせ、王妃様からの指示ですからね」
離れていても、いい顔なのがわかるよう。
「ソレイユさんも、なかなかやるわね」
気づけばナナコさんが代わって隣に、反対隣にはリリンさんが立って、互い違いの方向を見ている。
どうやら、こちらもこちらでチェックしていくっぽい。
「では、皆さん、お立ち下さい」
聞き取りやすいナナコさんのアナウンスに、今度こそ全員従う。
モモカ姫も含めて。
モモカ姫はおずおずと立ち上がり、迷子にでもなったような潤んだ瞳で見つめてくるから、こんな場面でも、つい「もう大丈夫、大丈夫ですよ」と言ってあげたくなってしまうけど、隣に立つナナコの存在に圧を感じてしっかりと口を噤む。
せっかく、丸く収めるお膳立てしてもらったわけだから、ここで可愛らしさにやられて私が台無しにするなんてありえなすぎて、早く終わらせてほしいと真剣に祈る。
というか、これだけ大勢の謝られ待ちなんて、とんでもない悪女にでもなったみたいだから、早く終わってほしくて堪らない。
「あの……」
焦れったい仕草のモモカ姫に、もはや、頑張れと心から声援の念を送りつける。
「えっと、その、ごめんなさい」
若干の疑問符がついているような戸惑いを含みつつも、ようやく聞こえた言葉に何よりもホッとしてると、続く大勢からの謝罪にはビクッと驚き、オロオロと目が泳い出しまう。
「イスズ」
ナナコさんからの小声の注意で、すべきことがあることを気づかせてもらうと、すうーはぁーと頑張って深呼吸して、これまでの無用な因縁にケリをつける。
「皆さんの謝罪を受け入れます」
すると、あちこちからホッとした気配が広がった。
パッと見た限りでは、形ばかりでも、全員が頭を下げてくれてた気がする。
「この度は、ご招待くださり、ありがとうございました。名残惜しいところですが、私はそろそろ失礼させていただきたいと思います」
これは同じテーブルの四人に言ったんだけど、なんとも気まずけな空気が漂うばかりなので、勝手によいことにして、ナナコさんとリリンさんに同意を求める。
二人からは、しっかりと頷き返されたので、忘れ物のないようバッグを手に会場を後にする。
入口に立っていたソレイユさんのところまでやってくれば、スッと手を出してくれたので、全部終わりましたよという気持ちを込めて手を乗せてみた。
「さあ、帰りましょう」
清々しい笑みで欲しい言葉をくれたので、気持ちが通じたのだと喜んでいたら、背後から違った感想が聞こえてきて終わり良しの空気が霧散してしまった。
「これ、後始末が大変そう」
「やっぱり? 私も、ちょっと嫌な予感がしてるのよね」
と、ナナコさんとリリンさんが不穏な会話を繰り広げてくれている。
ちらりとソレイユさんを窺ってみれば、変わらぬ爽やかさが返ってきたので、とりあえずはスッキリ気分でいることにした。
なにはともあれ、物騒なお茶会を無事に乗り切ったのだから。