勇者で女神
* Sideイスズ
「なんで、なんで、人の顔も碌に覚えないような女を認める方向になってるのよ。私達みんな、モモカ姫様のファンじゃなかったの!!」
悲痛な叫びに反射で振り返り、立ち上がって指差し睨みつけてくる姿を目にして、さすがの私も思い出した。
真ん前に座っていた令嬢が、いつかのお茶会で小気味よい嫌みを声高にぶつけてくれていた人だと。
たった一回の短時間での出会いを思い出せたのは、雑誌の記事になった時にピックアップされてた人だからなのと、特徴ある声だったからにすぎない。
これで薄情扱いは酷というもの。
「もー。だいたい、黒騎士様も黒騎士様よ。なんで、可愛らしくっ着飾ったモモカ姫様の告白を断っておいて、お洒落もしないで告白の場に乗り込んでくるような冴えない女とくっつくのよ!!」
あ、と思った瞬間、会場がしんと静まり返る。
それから、やけにはっきりとした驚きの声が上がった。
「えっ、モモカ姫って告白してたの?」
直後、会場は一斉にざわつき始める。
「告白して振られたのに、うっとり黒騎士様を見てたわけ?」
「いや、でも告白するくらい好きだったんだから、そんな簡単には切り替えられないでしょ」
「そうかもだけど、彼女と一緒にいるんだから、ちょっとはこう……」
ざわざわと、さっき以上の不信感がうずまく中、一部の強火ファンどころか、とうとう完全にモモカ姫自身に話題が向かってく。
モモカ姫が何をどう考えてるかは知らないけど、さすがに自分が振られたのが大勢に知られたとなるのは嫌だろうし、変にキレた私がセッティングしたせいでもあるから気が咎めて仕方ない。
唯一の救いは、先手を打っておいたおかげで、当人は何も聞こえず知らずでいられること……と自分の功績を褒め称えようとしてた矢先に、安心できるはずのナナコさんを目にして驚愕する。
「ナナコさん? いつから……」
「最初からよ」
「え!?」
確かにモモカ姫の耳が塞がれてるところを確認したはずなのに、いつの間にか両手を腕組みして立ってるナナコさんから告げられたのは、無情にも期待を裏切る答えだった。
「どうしてですか……」
「私の独断と偏見とお節介よ」
わななく私とは対照的に、ナナコさんは堂々、胸と声を張って答えてくれる。
「イスズの為ってだけじゃなくて、ここにいる全員に危機感を共有してもらわないと怖くて仕方ないから」
思わぬ深刻な調子に、すぐに反応したのはリリンさんだ。
「ごめんなさい、ナナミン。これは、モモカ姫の追っかけで、貴族でもある私の役目だわ」
立ち上がったリリンさんは、話を引き継ぐために周囲を見回した。
「ここにモモカ姫の参加を許した時点で、皆さんは自重すべきでした。そして、モモカ姫。あなたは飛び入りしたからには、ただの参加者でいるべきでした」
「だから、何が言いたいのよ!」
反論したのは、代表格の声の大きな令嬢。
「主賓であるイスズ嬢を貶す言葉が続いても、主催の代表者は誰一人として諌めなかったどころか賛同した。つまり、王族が取り巻きを使って一市民をいじめたと思われても仕方ないってことよ」
「なっ、そんなこと! 少なくとも、モモカ姫は飛び入り参加しただけなのよ!!」
「開始の挨拶をしたのだから、代表者として見られて当然のこと。モモカ姫だって、おわかりでしょう?」
問われたモモカ姫は困った顔をしているだけ。
いつもだったら、それで済むかもしれないけど、ここでは難しい。
「モモカ姫。黙っていては、お友達に責任を押しつけているように見えます」
「そんなつもりは……」
ないのだろうけど、王族としての危機管理が甘すぎると、ビービーやおじいちゃんやイズクラメンバーに仕込まれてる私は思ってしまう。
いままでは運と環境がよすぎたのだろう。
ともかく、顔色悪く動揺しているモモカ姫と静まり返った会場とで、穏便に終わらせることが難しい雰囲気になってしまっていることが問題だ。
言いたいことは言って、伝わらなかったら、それはそれ、なんてふんわり考えてた想定を大幅に越えたシリアスさ。
どうしたものかと、オロオロ目を泳がせてたら、ふうーと息を吐き出し、大業に繰り出そうとしてる勇者を見つける。
そんな勇者は、チラリとこちらに目配せをしてから口を開いた。
「いま、あなた達は、そんな世間体よりもおっかない団体に命運を握られています」と。
「ナ、ナナミン?」
戸惑うリリンさんをよそに、ナナコさんはきっぱりと告げる。
「確かに、リリンの言う通りだし、世間体もあるけど、ここはあくまで私的なお茶会。ぶっちゃけ、王族が本気で権力を振るえば取り繕える程度。でも、とある団体の会長は、イスズに余計なちょっかいをかける者には容赦しないわよ。たとえば、そこの生け贄になった代表者達みたいに」
流れで注目の集まった同じテーブルの代表格四人は、ナナコさんの発言を証明するように各々が強張った仕草で例の封筒に怯えている。
「ふん。そんなの、彼女達に後ろ暗いことがあっただけの話でしょ。私は清廉潔白に慎ましく庶民を生きているだけだもの。脅されることなんて何もないわ」
こんな状況でも強気なのは、イスズの後ろの席にいたユラだ。
しかし、ナナコさんの方が上手で余裕だ。
「まだ、わかってないのね。あなた達が対峙している組織は人数こそ少ないけれど、表の世界では大きな組織の重鎮もいれば、あなたのご近所さんでもおかしくない庶民だっているのよ」
「だから何よ。招待したのは代表四人だし、私はただの参加者。まさか、ここの参加者全員に何かするなんてできるわけないでしょ」
「そうね。確かに、全員に何かをすれば、イスズが怒りそうだからしないでしょうね。やれば、時間はかかっても可能でしょうけど」
「だから、私はなんにもしてないんだから、そんなのって横暴だわ!」
ナナコさんの余裕に焦ってきたのか、ユラは叫んで否定する。
こうなってくると、ちょっとだけ吠える相手が可哀想になってくる。
「いいえ、まさか。彼らはイスズに非難されるようなことはしないもの。もし動くとしても、些細なし返ししかしないわ。たとえば、そうね。あなたのお友達、もしくはご近所さん、もしくは憧れの彼。その近くで、ちょっと囁くだけ」
ユラは顔が強張りながらも、まだ強がることはできているけど、あと少しのことだろう。
「ねえ、聞いてくれる? 知り合いの娘に最近彼氏ができたんだけど、それを気に入らない娘がいたようで、目の前でボロくそに酷いことを言われたんだって。最低でしょ。その根性悪はツインテールで勝ち気そうで、そう、丁度そこにいる娘みたいな……」
ナナコさんは感情豊かに語った仕上げとばかりに、ユラを指さす。
恐怖をあおる怪談語りも真っ青なホラー話のように。
今度こそ、ユラは顔を白くして黙った。
しかし、わざとらしくパンっと手を叩くナナコさんは、明るくはしゃいだ様子で「そう言えば」と話題を切り替えて攻撃を止める気がなさそうだ。
「ひとつ訂正を入れさせて。彼らはすでに参加者名簿を手にしているし、給仕や案内係も含めて参加者だと思っているみたい」
ナナコさんの明るさに反し、会場からは小さくも、いくつかの悲鳴が上がる。
もはや、某組織の会長であるジェットが暗躍をする必要などないのではないだろうかと思ってしまうほど恐怖が蔓延しきってる。
「でも、安心してください。そんな皆さんに朗報です」
女神の微笑みのナナコさんに、疑いと希望が入り混ざり合った視線が集まっていく。
ここまでくると、新興宗教の勧誘にしか見えない。
さすがはナナコさん。
万が一にもイズクラと対立することがあろうと、ナナコさんの敵にだけは絶対に回らないようにしようと固く決意する。