想定通りと想定外
※ Sideソレイユ
イスズさんが何やら呪文を唱えると、ナナコさんが立ち上がってモモカ姫の耳をふさいだのを見て、決着をつけるのだなと勘づいた。
続いて立ち上がろうとするイスズさんの気配に合わせて椅子を引く。
そこで、ふと、妙な不安にかき立てられる。
自分にとってのイスズさんは、しっかり者で芯のある人だけど、イスズさん自身の像では違っているらしく、研究に関して以外は自信なさげな印象がある。
本人は、その考えに卑屈になるわけでもなく、ただの事実だと当たり前に認識しているようだけど、近くにいる立場としては気にかかる。
アクシデントのせいで静まり返っているけれど、本来なら、今頃は言われなくてもいいことを言われていたはずだ。
全く無関係の人からの、聞く必要がない誹り。
吊り合わないのはこちらの方なのに、なぜかイスズさんにばかりに矛先が向けられてしまう。
自分の不安は、その謂れなき文句を当然だとイスズさんが受け入れ、呑み込んでしまうこと。
笑っていてほしいのに曇らせてしまう原因は自分で、なのに、こちらからは絶対に手放したくないジレンマで言葉が出てこない。
見つめ合い、自分は相当情けない顔をしているらしく、大事の前だというのに戸惑わせてしまったようだ。
それなのに誤魔化す言葉や態度すらも取り繕えずにいると、何もかもわかっているみたいに笑いかけられ、ああと思う。
本当に、自分は見合うには程遠いなと。
真っ直ぐに立ち、辺りをゆっくりと見渡したイスズさんに、付き添いなだけの自分は下がっているべきなのだろうけど、それでは情けなさすぎるので、なけなしの彼氏の矜持で横に並んだ。
すると、イスズさんは淑女の礼を、とてもゆっくりと丁寧にしてみせて、狙い通りの注目が集まっていく。
あれだけ目立つのが嫌だと避けていたはずなのに不本意なことをさせてしまっている自分が情けなく、なのに、その姿はいつも以上に凛として胸が苦しくなる。
「皆様、本日は、これほど見事なお茶会にご招待くださり、ありがとうございます」
イスズさんが静かに口を開き、頑張って浮かべている笑顔に対しては、ハラハラとしてしてしまって感情が忙しい。
「ただ、こうして見回してみても、顔見知りを見つけられません。だとすれば、やはり、面識がなくても話したいことがあるのだと考えて間違いないないでしょうか?」
落ち着いた、率直ながらも波風を立てない言い回しに感心しながら周囲を警戒してみれば、代表格の四人が出鼻をくじかれたせいか、戸惑いばかりが占領している様子だ。
イスズさんが意図した展開にはならなそうな気配にホッとしてーーと緩みかけたところで背後から声が上がる。
「そうですわね。少なくとも、私はあなたとお話したいことが沢山あるわ。そこの四人以上に」
振り返れば、気の強そうなツインテールの令嬢が立ち上がっていた。
もちろん、背後も気にかけてはいたけれど、ジェットからの情報によれば、前方の代表に近い席に過激派が集まっていると聞いていたので、後ろからだったのは少し意外だった。
しかも、正に自分が心配していたことを言い出しそうな雰囲気を醸しながら、ちらりとこちらに視線を向ける時には明確な好意を載せた笑みを飛ばしてくるのだから嫌な予感しかしない。
「はじめまして。私は下町でモモカ姫を慕う乙女達のまとめ役をしているユラと申します」
「これは、ご丁寧にありがとうございます」
親切な自己紹介に、イスズさんも相応しく応えようとしたのだけれども、ありがとうまで言えたかどうかという辺りで、被せるように自分達の活動報告をし始める。
いや、どちらかと言うと、モモカ姫に対する修飾過剰な美辞麗句が詩のように綴り語られていく。
姫を崇拝する中に一定数いる傾向で、どれほど美麗な表現ができるかと切磋琢磨する集まりがあるほど讃えたがり、それ専門の詩集が十数冊刊行されていたりする。
時々、自分も褒め称えられることがあるのだけれど、本人を目の前にして語る神経が信じられなかったし、迷惑でしかなかった。
それを毎度毎度、天使だの女神だの妖精だのと比喩される自身の詩をニコニコと聞き入っているモモカ姫はどういう精神をしているのだろうと不思議でならなかった。
しかし、いまの自分にとっては放っておけること。
いま、本当に気になってしまうのは、これだけの迷惑をかけられたというのに、ユラの美辞麗句に一々うんうんと頷いて同意しているイスズさんの態度だ。
これだけは、イスズさんのことながら、少しも尊重できない現象だ。
確かに、綺麗なものや可愛いものに目がない人はいるけど、もしや、自分もそういう点でお付き合いをしてもらえているのかと思えば複雑な気分になる。
ただ、思い返せば、最初は目立つ風貌のせいで迷惑がられていたわけで、それはそれで納得がいかない。
でもって、この天晴な賛辞は、一体いつまで続くのだろうか……。
話の流れる先は、こちらの目が呆れ果てて線になる前に嫌な方向に切り替わる。
「それに比べて、どこかの研究員は――」
そんな接続詞で続けられたのは、想像していた通りの誹謗中傷だ。
表現力がありすぎるせいか直接的な言葉はないものの、聞かされるこちらは何度イスズさんの耳こそ塞いでしまいたいと、動きかける腕を必死に宥めなくてはならない内容ばかり。
かろうじて動かないでいられるのは、顔を引きつらせながらも、自身の意思でしっかりと向き合っている邪魔はできないと横顔で悟ってしまったせいだ。
「お姫様と騎士様ほど絵になるものはないですけれど、地味な研究員と騎士様じゃあ、誰もががっかりしてしまうわ。ね、あなたも、そう思うでしょう?」
好き勝手な己の語りにうっとりと満足そうなユラは、最低な同意をイスズさんに促す。
「……ええ、私もそう思います」
困ったようでも簡単に同意してしまう当人に、一瞬で己の不甲斐なさで逆上しかけ、理不尽にもイスズさんに怒鳴り散らしかける直前で止まることができたのは、ナナコさんに耳をふさがれているモモカ姫を確認する仕草が見られたからだ。
いつも控えめなイスズさんに言いたいことがあるなら、ここでこそ、好きなだけ言わせてあげたい。
「誰に言われるまでもなく、私も不釣り合いで、信じられない組み合わせだと思ってます。だけど、誰に何を言われようと、ソレイユさんが私がいいって言ってくれる限りは手を離すつもりはないし、繋いでもらえる努力を続けるつもりです」
「なっ……」
思っていたよりも強く宣言してくれたことに息を呑む。
そうして、顔を真っ赤にして反論しようとするユラに、今度こそ庇いに入っても構わないだろうと足を踏み出しかけたところで思わぬ邪魔が入った。
会場にパンパンっと手を叩く音が響く。
瞬間、強く咎める意味なのかと発生源を探そうとして、すぐに無理だと諦めざるを得なくなる。
なぜなら、すぐにあちこちから追随する拍手が鳴りやまなくなったせいだ。
こちらは片足を踏み出した半端な格好で呆気にとられながらもイスズさんと目が合い、どういうことなのかと互いに首を傾げてしまった。