突然の招待状リターンズ
* Sideイスズ
来客だと呼ばれて、予定はなかったはずだけどと玄関に顔を出して困った。
「イズイズ。力及ばずでゴメン。でも、相手が悪すぎたのよ」
挨拶もなしに要件というか、謎の謝罪と言い訳を始めてくれたのは、高貴なご令嬢のリリベルさんだ。
いや、私をイズイズと呼んでくるからには、友人のリリンさんとしておくべきか。
「何があったんですか?」
こわごわ詳細を求めれば、すっと封筒を差し出される。
表には私の名前が華やかに書かれていて、一文字ごとに花やら小鳥やらが絡まる芸術的職人芸には甚く感心してしまう。
裏を返せば、素っ気ない綴りで、モモカ姫を守り隊連合とある。
嫌な予感しかしない。
顔を上げれば、リリンさんが同情とも憐れみもと取れる表情で説明をしてくれる。
「ほら、振られるための告白大会に、モモカ姫のファンクラブを代表して私が同行したじゃない? だから、報告義務もあるわけで、結果がアレだったから当人を連れて行くわけにもいかなくて、責任をもって私が伝えてきたわけよ。あ、もちろん、油を注ぎたくないからモモカ姫の結果についてだけ切り抜いてよ。ついでに、モモカ姫はすでに前を向いているからとも言っておいたの」
「納得する人いた?」
横から聞いてきたのは、事務所から受付の窓口に顔を出してるナナコさん。
「……私が見る限り、一人もいなかったわ。っていうか、阿鼻叫喚の後に身の危険を感じるほどの殺気が充満してたわね。リリンとしてじゃなくて、リリベルとして行って正解だったわ」
思い出したのか、リリンさんは自分の両腕を恐ろしげにさすってる。
そして、そんな集団から手紙を送りつけられたのが私、と。
ナナコさんが黙ってペーパーナイフを渡してくるから開けてみると、中には、これまた凝りに凝った芸術的なお茶会の招待状が入ってた。
全文を確認しながら、つい、おもいっきり眉間にしわを寄せてしまう。
それも仕方のないことだと、身を乗り出して一緒に確認してくれるナナコさんには伝わったらしい。
「完全に嫌がらせね」
ナナコさんの発言に首を傾げるリリンさんに、実は先約がある日を指定されてるのだと私から白状する。
「ソレイユさんと初めての丸一日デートの日なのよ」
わざわざぼかした内容を、ナナコさんがあっさりとぶっちゃけてくれたので、恥ずかしと悔しさにより招待状で顔を覆う。
初回を含めて昼食・夕食を兼ねたデートをちまちま重ね、私が平日の休みをもぎ取った四回目の約束にして丸一日を一緒にするはずで、だったら、騎士ハイターの新作を見に行こうとソレイユさんが席を確保してくれて、それはもう、自分でもどうかと思うくらい楽しみにしてたのに。
毎日、毎日、頬を叩いて気合いを入れてから部屋を出ないと頭を切り替えられないくらい、本当に楽しみにしてたというのに!
そんな複雑な感情を落ち着かせてる隙に、顔を隠してた招待状が勝手に抜き取られてく。
「ふうん、見事な嫌がらせですね。こんなの、断っちゃえばいいじゃないですか」
どこから現れたのか、簡単に言ってくれるのはジェット。
前は毎日のように顔を出していたのに、この頃は二・三日一回くらいになってて、いつ来るのか読めなくなってる。
自分の時間も大事にしてほしかったから成長が嬉しい反面、ちょっと素っ気なくなった気がして複雑な気分でもある。
「知らない相手の招待なんだし、身分を振りかざしてるわけじゃなさそうだから、先約を優先するのは当然なんですよね」
やけにキラキラな顔でジェットが至極まっとうなことを促してくるし、もちろん、私自身ものすごく嫌に決まってるんだけど、今回ばかりは難しい。
だってーー
「これ、断ったら、リリンさんは困りますよね」
「うん。気にしないでって言ってあげたいところだけれど、人数が多いからちょっと厳しいかも。あと、断られたら、私とは関係なしに、当日デートしてる先々に回り込まれる可能性が高いかな」
「確かに。連合なら、イズクラ並みの情報網でもおかしくないわね」
リリンさんの懸念をナナコさんが後押ししてくれたから、予想してても遠い目になる。
何が楽しくて、見張られながら休日を過ごさなきゃいけないのか。
「わかりました。リリンさん、お手数ですが、参加させてもらうと伝えてください」
「そこは気にしないで。一応、私も招待してもらったから、一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
「だったら、私も参加させてもらおうかな」
「え、ナナコさんも?」
「だって、さすがにコレはないわ。二人が合わせた貴重な休日でしょ。まあ、だからこそ、しっぺ返しに遭うんだから、自業自得だけど」
「ナナコさん、しっぺ返しってなんですか?」
「天然で仲のいいところを見せつけてやれば、自分達が馬鹿なことしてるって、さすがに気づくでしょ」
「え、ソレイユさんは招待されないですよね」
「いや、されてなくても、普通に行くでしょ」
「いやいや、行きませんよ。舞台の席だって空席になっちゃうし、他の人を誘ってもらいますから」
「はあ。まあ、好きに言ってなさい。リリン、イスズの出席と私の同行の手配、頼んでいい? もちろん、ソレイユさんの出席は当日まで内緒で」
「当然! ナナミンとは、今度、打ち合わせ時間を作るわね」
「そうね。それまでには、ソレイユさんの方も動くと思うし」
なんて、渦中の私を置いてけぼりで話が進んでくけど、そんなことにはならないと思う。
とか信じてたのに、すぐさま、次の日の朝一番に裏切られた。
「イスズさん、ご迷惑をかけてすみません。私も同行させてもらいます」
朝日が眩しい内、研究所にソレイユさんが自らやってきた。
どうやら夜勤明けらしい。
しかも、ナナコさんが言った通りの反応で。
「別に、ソレイユさんが謝ることも、付き合うこともないですよ。連合の皆さんが用があるのは私みたいですし、リリンさんもナナコさんも一緒ですから」
「……私では頼りになりませんか?」
「それとこれとは話が違うじゃないですか」
「いいえ、そういう話です。そもそも、私がイスズさんを好きにならなかったら起こらなかった騒動じゃないですか」
「ぐぅ……」
いろんな意味で心臓に響く発言に、言い返すことができない。
「でも、ソレイユさんは招待されてないわけですし」
「大丈夫。護衛として静かに控えてますから」
明るく言われても、不穏にしか感じられないです。
「心配はいりません。イスズさんの戦闘服は私が用意しておきますから」
「え? そんな心配はしてませんけど、てか、戦闘服って……」
戸惑いに解説なく、美貌の微笑を無言の返事にしてくるソレイユさんに、逆に心配したくなる。
「しっかりと返り討ちにしてみせましょう!」
「えぇー……」
意外と好戦的なところがあったのかと困惑してたら、すみませんと謝られる。
「さすがに、ちょっと腹が立ちまして。本当に、本当に、本当―に楽しみにしてたんです。舞台の方は父に頼んで別日にしてもらいますから、申し訳ないのですが、また後で、スケジュールを合わせてもらえませんか?」
「うっ、ハイ」
嬉しさと恥ずかしさで咄嗟に俯くだけで、私もですとは、さすがに申告できなかった。
作者からもすみません。
年内完結が無理そうな目算がつきました……。
でも、ゴールは見えてるので、安心してくださいませ。