初デート
* Sideイスズ
淡い黄色のブラウスに、萌黄のスカート。
髪は食事の邪魔にならないよう、緩く編んでもらった。
「ゔーん」
着慣れない色味に、鏡の中の自分が唸る。
似合うかどうかを口にしないのは、コーディネートがナナコさんだから。
しかも、お古だからとプレゼントしてくれた一式に向かって何が言えようか。
ついでに、そんなの悪いです、とか、もらえませんよ、とか、いつもの私なら言ってるはずの遠慮する言葉も無理やり飲み込んでる。
なぜなら、それらを口にすれば、なんというか……記念だとかお祝いだとかを明言されそうな予感がしてるから。
職場の全員に知られていようと、人の口から言われるというのは、まだ耐えられそうにない。
それでも、思うところはあるわけで……。
「あの、ナナコさん、素敵だとは思うんですよ。思うんですけど、その、なんか、普段の私からしたら、いかにも気合い入ってるって感じじゃないですか」
ただ、ご飯を食べに行くだけ。
しかも、相手はオタク研究者としての素を知ってる人だ。
「あんたねぇ。気合い入れて当然でしょ。むしろ、普段通りだったら興醒めよ。初デート、初デートなのよ!」
二回も強調された慣れないワードに全身が熱くなる。
自分でも、そうかなとか思いながらベッドの上でのたうち回ったりもしてみたけれども、人様に言われると、やっぱり耐えられない。
「うぅ、やっぱ、むりぃ」
顔を覆いたいけど、化粧が崩れるから触るなとナナコさんから厳しい指導が飛んでくる。
だったら、そういうことを言わないでほしい。
今日は普通に食事するだけのこと。
自分にしっかり言い聞かせて落ち着かせてたら、コンコンと、ビービーが迎えが来たことを教えに来てくれた。
平静を装って下に降りて行くと、とっくに就業時間は過ぎたというのに、全員がまだ残ってる。
その輪の中に、お目当ての人も加わっていた。
「ソレイユさん」
お待たせしましたと続けられなかったのは、眩しく笑いかけられたせい。
思わず俯いたら、軽い足取りが近づいてきて、すぐ前で止まる。
「可愛いというより可憐? うーん、やっばり可愛いで合ってるかな。うん。イスズさん、とっても可愛いですね」
「あ、ありがとう」
最初に褒め倒してくれたのは、なんでかジェットだ。
「だから、自信を持って楽しんできてください」
こそっと足された励ましには笑って頷けた。
そんなやり取りの向こうで「甘酸っぱいなぁ」とか「青春だなぁ」とか「恋したくなってきた」とか盛り上がっている人達がちらほら。
だったら、合コンでもセッティングしましょうか、なんて展開まで聞こえてきたけど、自分に言われたわけでもないから完璧に無視。
「イスズ、鍵は持ったか」
ビービー久々の心配をされて、一応、カバンの中を確認し直す。
ついでに、ハンカチや財布の確認もする。
よし、大丈夫。
「戸締まりはしておいてやるから、楽しんでこい」
ビービーにもジェットと同じことを言われて、こちらにも笑顔で応えられたと思う。
「うん、行ってきます」
外に出て、みんなの視線がなくなって一息つく。
そうして、そういえば、肝心のソレイユさんとまともな挨拶すらしていないことに気づいて、しまったと青くなる。
そろりと隣を見上げれば、困った雰囲気のソレイユさんと目が合った。
勝手に研究所を出たのは悪かった。
いや、それだけじゃなく、伊達眼鏡までして地味めに仕上げてくれてるソレイユさんに対して、似合わない明るさのある服を着ているのに呆れてるのかも。
ああ、実は研究所で、かなり待たせていたとかも上乗せされてたりして……。
ビクビクしながら何を謝ろうか迷ってたら、ソレイユさんの方から口を開かれた。
「本当は、私が最初に言いたかったんですが……」
ここで途切られた一瞬で、色々な失態の可能性が浮かんでは積み重なる。
「イスズさんは明るい色も似合いますね。可愛らしいです」
「え!? あ、その、ありがとうございます」
想定していた負の可能性が一気に吹き飛ばされて、勝手な妄想の反省と申し訳なさと恥ずかしさで熱くなる。
「ソレイユさんこそ、私に合わせて、目立たない感じにしてくれたんですよね。なんか、どう言ったら正解なのかわかんないですけど、嬉しいです」
「これで大丈夫でしたか?」
わざわざ確認されたので、勢いよく、コクコクと頷いておく。
ソレイユさんはホッとしたように息を吐いて、だけど、まだどこか固い気配に不思議に思う。
「あの、ソレイユさん。もしかして、緊張してますか?」
「……すみません、注意事項が頭に入りきらなくて」
「え、そんなマナーの厳しいお店に行くんですか?!」
食事処の娘だが、下町庶民向けなので自信がない。
「いえいえ、そういうわけではなくて……」
なら、どういうわけでしょう?
なぜだか、答えにくそうに狼狽えて見えるんですけど。