飲み会
§ Sideクレオス
「ここか……」
仕事を終えた俺は辻馬車を降りて少々歩き、指定された店を見上げた。
ひっそりとしていながらも洒落た構えに、いかにも大人の隠れ家といった風情だ。
比較的若くして隊長となった俺は、就任前後から支援者の先輩達に連れ回されて、お偉いさんとの会食や会合も慣れたものだけど、私的なものとなれば話が変わってくる。
店内に揃ってるだろうメンバーに身構えつつ、ドアを開けて指定された名前を告げた。
「お、来たか」
店員に案内された個室に入ると、一斉に注目が集まってくる。
最初に声をかけてくれたのは、オカルト研究所の所長にして、我が隊の元隊長であるビートル・ビームス。
その向かいにいるのが隣国の王子であるリックスレイド・ハイヤーで、二人の横位置に座しているのが従者のキース・エーゲ。
そんな私的な飲み会に軽く呼び出されたのが俺、というわけだ。
何度考えてみても謎すぎる。
「すみません、遅くなりました」
「こっちこそ、急に呼び出して悪かったね。何飲む?」
知り合いみたいな気楽さでメニューを渡してくるのが王子様なのだから感覚が麻痺してきそうだ。
「クレオス。任務じゃないんだから、難しく考えるだけ馬鹿をみるぞ、リック相手だと」
見かねたのか、ビートル所長が苦笑しながら自分の隣に誘ってくれるので、素直に従ってはみるも、こちらだって尊敬する先輩なのだから、どっちもどっちな気がする。
ひとまずは、勧められるがままに上等なアルコールと珍しい肴を楽しんでおくか。
前座とばかりに、いくつかのヤンチャな過去話を聞かせてもらってから、酔いが回る前に本題であろうモモカ姫のその後ついてを、こちらから切り出してみる。
イスズの元兄であり、あの場にいたから、今日の今日で気を利かせてくれたのだろうけど、単なるガキ大将上がりには少々居心地が悪いというものだ。
「やっぱり、気になるよね」
王子が優雅な仕草で意味ありげに頬杖をつくのでドキリとする。
と、すかさず所長が頬杖の支えとしている腕を横薙ぎで払って崩した。
「もったいぶるな。聞いてほしくて堪らないから、俺を誘ったんだろうが」
「ちょっと、ビービー。わかってるなら優しくしてよ」
そこそこの乱暴なやりとりに遠慮ない関係性が伝わってくる。
本当に、どうして俺が呼ばれたんだか。
「まあ、簡単に言うと、彼女は黒騎士様からラテア君に乗り換えたみたいだね」
「え!? なぜ、そんなことに??」
いや、考えみれば、イスズやソレイユにまったく悪気がなかろうと、心変わりをして当然の状況だった。
というか、人によっては乱闘になってもおかしくない修羅場だった気がする。
「ほらさ、あの後、なぜかリリベル嬢はイスズちゃん寄りだったし、俺は振られた身の上で、キースは我関せずだろ。だから、主にラテア君が相手になってたんだけど、例の事件で会見前後の調整が相当大変だったのか、半分は説教みたくなっててね」
「それで乗り換えたっていうなら、ヤケになったとか、自暴自棄になったせいでは……」
「いいや。お姫様曰く、私のことをそんなに考えてくださるなんて! と頬を染めて感激していた」
「それって……」
話を聞いた分には、純粋に改善要求だったのでは? と疑問に思ったのだけど、はっきりと口に出す勇気はない。
しかし、王子は明確に
「うん。ラテア君の方に、そういう含みは百パーなかったね」
と否定してくれた。
「でも、まあ、きっかけはともかく、興味の対象が広がるのは、これからのモモカ姫にとっていいことじゃない? それに、ラテア君の方も、あれだけ可愛い子に懐かれて、悪い気はしてなかったっぽかったし」
王子の言うように、モモカ姫は礼儀作法も人当たりも見目も評判がいい。
ラテア・ガバンだって、騎士のソレイユと比べれば体型は劣るが、文官にしてみれば鍛えているし、頭のよさと世渡りのこなれた様は頼もしい限りの高物件だ。
案外、悪くない組み合わせかもと考えてみたのだけれども、隣の所長からは真逆の感想が聞こえてくる。
「続、修羅場のプロローグだな」
「なんでそうなる。こっそり本人に聞いたら、彼女も婚約者もいないと言ってたけど?」
王子の疑問にグラスをカランと慣らして返した所長は、なぜかラテアの生い立ちを語りだす。
「ラテアの幼少期から思春期の辺りは、城内が落ち着かない時期そのものだったらしい」
「跡目騒動だろ。ドラグマニルさんが上手く隠してたけど、わかる人にはわかる話だし、うちの実家も当然把握してた。乗っとりとか多国間の紛争に発展しなかったのは、新旧合わせた王様達の手腕だろうね」
「感想は個人の自由だが、ともかく信頼できる人手が足りなくて、宰相家は一家総出で駆り出され、幼い末っ子は寂しく留守番ばかりだった。そんな彼を面倒みていたのが、当時匿われていたラグドール王だ」
一介の騎士には初耳の話で、王子にとっても同じだったらしい。
「へえ。だから、私的な場面でこそ重用するわけだ。でも、それが修羅場とどんな関係が?」
王子の疑問は、ごもっとも。
「ラテア・ガバンにとって、一も二もなくラグドール王があるってことだ」
「あー、騎士の誓いみたいな、硬い結びつきってやつ? となると、彼女であっても最優先にはならないってことか。でも、モモカ姫には、それくらいの相手の方が色々と学べることも多いだろう」
「じゃあ、一介のお姫様と王妃の相談役なら?」
「一介のお姫様と王妃の相談役?」
謎の二択に王子は眉をしわ寄せる。
「王妃に、飛び級で卒業した後輩の才女が相談役についているのは知っているだろ」
「確か、政情から私的なことまで頼りにしていて、妹みたいに可愛がってるとか……って、まさか、ラテア君、そこといい感じなわけ!?」
「少なくとも、相談役の女史は慕っていると噂があるし、何より、王妃があたたかく見守っているところらしい」
「うわー」
ラグドール王は家族想いで通っているので、ラテアによほど強い気持ちがなければ、そちらでまとまる可能性の方が高そうだ。
碓かに、続・修羅場の入り口に立っていると言えてしまえる。
「こういうのを男運がないって言うんだろうな。相手は、どっちも好青年なのに」
変な感心をする王子に、ビームス所長は「見る目があっても縁がないんだろう」と身も蓋もないことを返していた。
場違いな俺は、賢明にもリアクションをしない選択をしておこう。