周知の周囲
* Sideイスズ
当たり前に出されたソレイユさんの手に助けられて馬車に乗り込む。
先に乗り込んでるナナコさんが進行方向を向いて座っているから反対側の奥に腰を下ろすと、続くソレイユさんが、片足だけを乗り込ませた状態で首を捻って立ち止まった。
「満席だったはずでは?」
ジェットが出ていったとはいえ、中にいるのは私とナナコさんだけで、席に余裕があるから不可解に思ったのだろう。
「行きはリリンさんが一緒だったから満席でしたけど、この後は別行動になったので……」
「そう、ですよね……」
どことなく、ソレイユさんがショックを受けてるっぽいのは、考えてみればわかることだったからかもしれない。
それだって、誤解を招くような言い方をふっかけたジェットのせいなのに。
妙にケンカ越しだった理由は謎だけど、八つ当たりたいなら、付き合わせた私にしとけばいいのに。
「とにかく乗ってください。話は中で」
ナナコさんが促すので、それ以上は考え込まずに同席してくる。
そこで私は困った。
非常に困って仕方ない。
なんなら、おかしな汗が吹き出てくる。
だって、当たり前に隣に座ってくるから。
いや、そういう関係になったわけだし、ナナコさんは堂々真ん中辺りに座ってるから自動的にソコしかないわけだけど、騎士様として鍛えているソレイユさんには狭いのか、距離がほぼゼロ。
自分でも異常じゃないかと思うくらい緊張してる。
だけど、そんな自意識過剰はこっちだけらしく、出発の合図を出したナナコさんに話しかけられてるソレイユさんは神妙に聞き入ってる。
「ソレイユさん。ちょっと、しっかりしてくださいよ。イスズは無駄に人気があるんですから」
「というからには、やはり、私は誰かに反対されているのですね」
「そうです。イズクラ会員丸ごとに」
「なるほど」
などと、驚くどころか、むしろ納得といった具合いに慌てて否定する。
「いやいや、違いますからね。ワラさんやサクラさんに、ジェットだって反対なんかしてないですから」
「イスズ。あんた、研究者なんだから、事実は正確に伝えなさいよ。ワラさんは逆に祝福のお菓子と花束を持ってきたから除外してもいいけど、サクラさんとジェットに関しては沈黙しているだけで、表に出ない分だけ後が恐いわよ。でもって、それ以外のメンバーが何かしらの反対表明をしてきたのは事実なんだから、丸ごとのどこが間違ってるのよ」
「うっ……」
ナナコさんの指摘は相変わらず容赦ない。
「そういうわけで、私も最初はイスズの方が覚悟が必要だって思ってたんですけど、ソレイユさんの方にこそ覚悟が必要みたいなんです」
「ちょっと、ナナコさん!」
「大丈夫です、イスズさん。ナナコさんは間違ったことを言っていませんから」
まるで、厳しい試験の面接に挑むみたいな真剣さに、なんで? と思う。
イズクラのメンバーは騎士様との格差がありすぎて騙されてるか利用されるのではと、当人を知らないから心配してくれてただけだ。
黒騎士様の熱心なファンと違って、呪いに走ったりすることもない。
みんな、オカルトを愛する無邪気な仲間ばかりなのに、ナナコさんとソレイユさんの緊迫感は収まるどころか、最高潮に盛り上がってく。
「イスズは地味でマニアックな研究オタクで、変なところで頑固でわがままで面倒くさい子ですけど、私の大事な同僚です。ちょっとした物珍しさで近づいて、誰かに反対されたくらいで気にするようなら、いま、ここで諦めてください」
ナナコさんの深刻発言に、目を丸くして割って入るタイミングを逃した。
こういうやりとりは、これから会う保護者のビービーとか、後日に持ち越された兄のクレオスと繰り広げられるものではないだろうか?
いや、どっちも思うところはあれど、干渉してくるなんてないだろうけど。
そんな疑問を抱きつつも、あのナナコさんがそこまで言ってくれるなんて思わなくて、場違いながらも密かに感動すると同時に、なんだか小説のヒロインみたいなポジションにいるのが絵にもならない自分で申し訳なくもなる。
私こそ迷惑はかけたくないし、それでなくても変わり者の自覚はあるわけだから、面倒に思われたくない。
だけど、ソレイユさんの答えが気になって静かに耳をすましてしまう。
「反対されたことを気にしないのは難しいです」
当たり前の発言に、ですよねと同意しながら俯くしかない。
「他の無関係な人間ならどうでもいいですけど、相手はイズクラですから」
そうつけ加えたソレイユさんがこちらを向いた気がして目線を上げたら、すごく優しい顔をしていて驚いた。
「全員に認めさせるとは言えませんが、仕方ないと思ってもらえるくらいには頑張るつもりです」
私なんかと付き合うために、ソレイユさんが頑張る必要なんて何もない。
むしろ、私こそ、色々と努力しないと釣り合わないのに。
そう思ったけど、どうしてか言葉にならなくて、代わりに出てきたのは「ありがとうございます」だけだった。
「よかったじゃない、イスズ。これで、ちょっとは自信を持って所長に報告できるでしょ」
ナナコさんに気軽に言われて、もう胸がいっぱいで、とりあえず手を伸ばしたら優しく受け止めてくれた。
「ナナコさん。私、ナナコさんに一生ついてきます」
「いや、そこは私じゃないでしょ」
途端に拒否された私の手は、ソレイユさんに受け渡されてしまう。
慌てて、すぐに引き取ろうと思ったのに、その手はすでにぎゅうっと握られていて、変な汗がどばっと出てくる。
「あの……ソレイユさん?」
「はい」
いや、そこは、はい、じゃなくてですね!?
「あー、なんか酸っぱい。予定してなかったけど、帰りに彼のところに突撃しようかな」
なんてナナコさんにぼやかれて、ますます、じめっていく手にどうしていいのかわからない。
「ん、あれ? そういえば、今日は女子会で遅くなるって言っといたんだった」
もうすぐ研究所という辺り。
繋がれた手を意識しないように無我の境地の悟りを開こうと試行錯誤していた中、なんでかポンと思い出した。
だったら、ビービーが来てるはずもない。
「ああ、それなら問題ないでしょ。あんた達が顔を合わせて話し合って、この期に及んで、くっつかないなんて思ってるの、当人達くらいだったもの」
そんな馬鹿な。
なにせ、直前まで、本気でこんな展開になるなんて思ってもみなかったのに。
……いや、でも、告白するって言ってないにも関わらず、みんなに反対されてたわけだから、そういうことかもしれない?
いやいやいや。
元々、ソレイユさんは徹底して騎士の態度を貫いてたし、そういう気配もまったくなかったしとか思ってたら、ソレイユさんは空いている方の手で顔を隠して「そんなにわかりやすかったですかね……」と赤くなってるけど、こちらの場合はうっかり告白が新聞沙汰になったせいだと思う。
「イズクラメンバーが反対に回ったのは、イスズのせいだけどね」
「私? なんでですか」
心当たりはさっぱりない。
ソレイユさんへの好感度なんて誰にも言ったことないのに。
「わかりやすすぎでしょ。オカルト抜きで親しくなってるんだから」
「そんな、私だって、普通の知り合いくらい……」
「雪鈴亭のウェイターちゃんとか、印刷会社の職人さんとかはカウントしないわよ」
「うぐ……」
ソレイユさんだって、そもそもは所長が紹介してきたんだから仕事関係じゃないかと思うんだけど、悔しいことに反論が出てこない。
結果的にはこうなってるわけだし、些細なこともたちまち共有されるイズクラの情報網がすごすぎるだけで、一体、何を目指してるのかとジェットに問いただすべきか悩むところだ。
「そうこう言ってる間についたわよ」
ナナコさんに言われて窓を覗けば、すっかりご近所さんの景色になってた。