無粋とお年頃
※ Sideソレイユ
「イスズさん。今日は、もう休んでください。色々あって疲れたでしょうから」
こちらから声をかけると、返事として頷いたのか船を漕いでいるだけなのかわからない様子で同意された。
「さすがに限界かも。悪いんだけど、先に休みます」
「部屋の鍵だけは、しっかりかけてくださいね」
「はーい。じゃあ、おやすみなさい」
緩く返事をしたイスズは、すでに半分夢の中みたいだ。
ふらふらと危なっかしく階段を上っていく背中を、自分とジェットとで並んで見守っていた。
しかし、揃っていたのはイスズが姿を消すまでで、扉が閉まる音がした途端に、ジェットはじとっとした横目を送りつけてきた。
「なんで口を挟んだんだよ」
明らかに年下なジェットは、二人きりになるやいなや、ため口で敵視してきた。
しかし、思い返せば、自分に対しては最初からそんな感じだった。
「不埒な提案をしようとしていたからだろ」
指摘してみれば、ジェットは嫌そうな顔をして黙った。
どうやら、こちらが閃いた通り、イスズの部屋で一晩過ごさせてもらうつもりだったらしい。
「君は何が目的なんだ」
直球に放った疑問に、ジェットは向き直って真正面に構える。
「せっかく捕らえた証人を逃がしたくせに」
「どうして、それを……」
「あれだけ目立っておいて、どうしても何もないだろ」
反論する言葉が見つからなかった。
冷静に振り返ってみると、あの時は若干ハイになっていた自覚がある。
「おまけに、自分のストーカーまで連れてくるし」
「なっ!」
何も知らないはずの少年からの指摘に、対する意識を見直す必要が出てきた。
華奢で幼い容姿ながらも、見上げてくる大きな瞳は突き刺すように鋭い。
「君は何者だ」
「残念ながら、まだ何者でもないね。今のところはイズクラ会長ってだけ」
「イズクラ?」
「イスズファンクラブ」
どんな秘密組織かと思えば、まさかのファンクラブとは……。
「子どもの僕が会長をやってる、ただのファンクラブだよ」
しかし、すぐに侮りを打ち消した。
「城下の護衛所どころか、城内の内部事情まで仕入れられるファンクラブの?」
「さあ。ただ、図体がデカイってだけで、イスズさんを守れるとは思わないでくださいね」
これほどあからさまな牽制をされた経験がなかったので、反感を覚えるよりも物珍しさが勝ってしまった。
「君は、イスズさんのことが好きなのか」
「……っはあ??」
ジェットはあんぐり口を開けた。
それから、真っ赤になって言い返した。
「いい大人が、そういうこと聞くか!?」
「疑問に思ったから聞いただけだったんだが。あと、私はそれほど大人じゃない。老けて見られるが、まだ十七だ」
「だったら、中に入らないで、外で護衛しろよ。イスズさんにおかしな噂が立ったら困るだろう!」
本当のことを言っただけなのに、ますます機嫌が悪くなった。
つい、ジェットにだけは言われたくないと思ってしまう。
「変な勘ぐりはやめてくれ。私は騎士なんだ。警護として側にいるだけだ」
「ふーん、どうだか。……ちなみに、オカルトに興味は?」
「申し訳ないが、興味を持ったことはない」
事実とはいえ、これで、尚のこと敵視されるのだろうかと心配になる。
ところが「ふうん」と相づちを打っただけで、逆に機嫌がよくなったように感じるのは勘違いだろうか。
「だったら、一生、そのままでいれば」
皮肉げに笑うと、ジェットは用事が済んだとばかりに背中を向けた。
「どこに行く気だ」
「せっかく勧めてもらったから、所長室でぐっすり寝させてもらうよ。騎士様は、護衛のお勤め頑張ってください」
ふふんと笑って、階段を上がっていってしまった。
「なんだかなぁ」
姿の消えた階上を見つめて、愚痴がこぼれた。
自分が初対面で好かれやすいタイプだと思っていないのだけれど、こう立て続けでは精神的にくるものがある。
せめてもの救いは、イスズとは夕食の後から多少の歩み寄りが見られたことだ。
ジェットという少年とは、協力ができれば早期解決も望める気がするものの、あれではお近づきになるだけでも難しそうだ。
自分との協力はともかく、イスズのために動くようなので、何かしらの情報が得られるまで守り切れば充分に騎士の務めを果たしたと言えるだろう。
「よしっ」
何か、もやっとするものを抱えてる気がするものの、やることはシンプルだ。
彼女をしっかり守る。
拳をぶつけ合い、長い夜を喝を入れて護衛任務に集中しよう。




