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余韻なき後始末


※ Sideソレイユ



「はあ」


信じられなくて、だけど、胸に広がる幸福で満たされていて。

イスズさんはどうなのだろうと気になったら、この瞬間を確かなものにしたくて、天井を見つめて一息ついてから視線を下ろしたところで急激に熱が引く。


もちろん、イスズさんへの想いがどうこう変化したわけではない。

イスズさんと目を合わせるよりも先に、小部屋から出てきたモモカ姫とナナコさんと見合ってしまったせいだ。


苦笑しているナナコさんと真顔のモモカ姫。

いつも緩く微笑んでいるか、困った顔で意思表示するかくらいだった印象なので、あの人もこんな表情を持っていたのだなと、妙な感心をしてしまう。

もちろん、気まずいので、すぐに逸らしてしまいたいところだけれど、簡単にはできない事情がある。


いつの間にやら気遣いのレコードが止まり、室内がしんとしている。

最初は抑えていた声も、言い合っている間に大きくなってしまった気がする。

なので、かろうじて視界の外にある部屋の向こう側から、興味津々なものに始まり怨念じみた黒い気配までを肌で感じとれてしまうのは気のせいではないのだろう。


そんなことを考えながら固まっていたせいか、イスズさんも状況を察してしまったらしい。

一瞬にして真っ赤に沸騰すると、両手で顔を隠して俯いてしまった。

隠しきれない耳まで真っ赤なのが自分のせいかと思えば、ギュンギュンと愛しさが増していくばかりだけれども、だからこそ、ここは自分がしっかりしないといけない。


深呼吸をしてニヤけそうな顔を引き締めると、向き合わなければならない面々に正対する。


「イスズさんとの話が終わりました。他に話したい方がいるなら、いくらでも受けます」


ピクリと一部の人間が反応したのは己の生意気な発言に対してか、イスズさんを庇うように背後に隠す立ち位置を選んだせいか……。

どちらもだろうなと思いながら、相手方の出方を待つ。


「どうしますか」


最初に応えたのはジェットだった。

しかし、自分にではなく、クレオス隊長に向けて言っている。


「部下に向けて言いたいことはありますか、騎士隊長様」


「……ある。が、今日はやめておこう」


「この後の予定が詰まっているわけではなかったですよね。どうしてですかと聞いても?」


「たいした理由じゃない。ただ、私服姿と対峙するなら理性が仕事をしなそうだから、ガチガチに制服で固めた状態で向き合いたいと思っただけだ」


ジェットとの会話に、色んなものが一気に冷える。

しかし、もっとも尊敬して慕っている上司だ。

話をする余地は確保されていると信じておきたい。


「ジェット会長こそ、どうするつもりなんだ」


「そうですね。僕も話したいことがある……というか、黒騎士様の方が僕に話したいことがありそうなので受けてもいいですけど、いまは気分じゃないです。それに、今回はモモカ姫とイスズさんが振られるための集まりでしたから、これ以上の予定外は混乱の元になるだけでしょう」


天晴な嫌味だとわかっていても、正面から浴びせられるしか対応しようがない。

これをバックステップで難なく避けたら、騎士でも男でもいられなくなるというものだ。


「でしたら、これで解散いたしましょうか。この後はどうなさる予定ですか、リリン嬢?」


仕切るラテアが訊ねれば、見届人のリリン嬢は「うーん」と悩みだす。


「本当なら、うちの別荘で『男がなんぼのもんじゃい女子会』をする予定だったのだけど、無理でしょう?」


同じ人間に告白をして、振られた側と通じ合った側が残念会のつもりの和に同席するなんて、どんな修羅場を繰り広げようというのか。


「ナナミンはイズイズにつくだろうから、相手をするのが私だけになっちゃうのよね」


「お任せできますか?」


ラテアの希望にリリン嬢は苦笑する。


「私は生涯をかけてモモカ姫を見守っていくファンだけど、イズイズとは戦友で、ついさっき、実りのロマンスに胸キュンでときめいたばかりだから、ちょっとどうかと思って。こうなったからには『モモカ姫を慰め隊』の決起集会に変更して仲間を募集してもよいけれど?」


「ふむ。となると、リックスレイド王子はいかがですか」


ラテアに話を振られた王子も、これまた苦笑から入る。


「参加は構わないけど、俺はすでに振られた身だから、過度な期待はしないでよ」


少々目を丸くしたラテアは、辺りを見回し、残りは騎士か学生しかいない上に、もれなくイスズさん陣営だと見極めれば、自分が積極的に関わるしかないのだと悟ったらしい。


「わかりました。では、リックスレイド王子と従者のキースさん。それと、私を参加者に加えてください」


「ふふ、歓迎いたしますわ。まあ、本当に困ったら、うちのメイドか諜報員にも参加してもらうので気楽にどうぞ」


諜報員は気楽に顔見せ参加ができるものなのだろうかと気になっていると、やけに冷めた視線を感じて見れば、相手はジェットだった。


「イスズさんは僕達が連れて帰りますけど、あなたはどうしますか」


連れて帰るという表現も、あなたという名称も含むところをバリバリ感じながら、ここが勝負どころだと勘が働く。


「私も同行させください」


「すみません。生憎と、乗ってきた馬車が四人でいっぱいなもので」


お断りの文句を返すジェットは、小憎らしいほどいい笑顔だ。

ここで引いては、今後に差し障る予想がつくので、負けじと口角を上げて食い下がる。


「お気遣いなく。私は馬でついて行きますので。よければ、警備を兼ねて同行させてもらいます」


「……それこそ、お気遣いなく。というか、それなら、勝手に研究所までついてくればよいのじゃないですか」


「冗談を言わないでください。ストーカーになるつもりはないですし、挨拶に行きたいだけなので」


「ケンカを売ってるなら買いますけど、誰に挨拶するつもりですか」


「いまの何がケンカを売ったのかはわかりませんが、挨拶したいのはビームス所長です」


「でしょうね。言っときますけど、世間じゃ、本日は休日なので研究所にはいませんよ」


「あ、しまった。じゃあ、明日以降か……。けど、次の休みまで空くのは落ち着かないだろうし、だからと言って、夜討ち朝駆けも迷惑だろうし、ああ、こういう時は手土産も必要だろうか」


ぶつぶつ考えていると、ジェットの目が細く冷ややかに細められていた。


「今日、これからなら手土産もいらないでしょう」


「え、でも?」


「いないはずですけど、同行すればどうにかなるんじゃないですか。というか、所長にきつめの鉄拳制裁を受ければいいのに」


……なんだろう、最期の暴言は。


「わからない人ですね。ストーカーしてこいって言ってるんですよ」


ジェットはつんとした態度で背中を向けると、イスズさんとナナコさんを両手に回収して部屋を出ていくので、慌てて追いかける。

話の流れで言えば、こちらは砦の寮まで戻って馬を取ってこなければならないのだから。

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