花が咲く
※ Sideソレイユ
いま、イスズさんから信じられない言葉を投げられた気がする。
待て待て待て、と直角に下げた頭で本日のことを軽く振り返りながら冷静にならなければ。
いつもの間隔とは違う、ねじ込まれたような違和感のある休日に、先輩三人組の内の二人に捕獲されて連れられた先にイスズさんがいてドキリとした。
でもって、モモカ姫に告白されたと思ったら、イスズさんも話があるのだと聞いて、ものすごく動揺した。
そうして、気づいたら二人になっていて、モモカ姫がどうとか言われたので「あれ。もしかして、今日のセッティングはイスズさんが?」と思った。
ついでに、さっきお礼も言われたな……と頭が回転してきたので、こちらこそ謝らなければならない立場なのに気づいて頭を下げた。
それからだ。
イスズさんが見る間に温度を下げていったのは。
おまけに「バカなんですか」とまで言われてしまった。
できれば、すぐにも謝りたい。
しかし、謝ってから状況が悪くなったからには、違うアプローチをすべきはず。
焦りで冷や汗が大変なことになっている中で脳内をフル回転させていると、真向かいからの追撃が始まった。
「どうして、そんなつまらない言い訳をするんですか。私は、そんなにお人好しの能天気に見えるんですか」
「違うっ、そうじゃなくて、本当に申し訳ないと思ったから謝りたかっただけなんだ。機嫌を損ねたのなら、気が回らない私の責任です」
「……なんですか、それ」
「だから、その、二度共、ご迷惑をかけてしまったのは確かですよね?」
「ええ、確かに迷惑でした」
はっきり、きっぱりと肯定されて打ちのめされる。
しかし、イスズさんからは続きがあった。
「少なくとも、一度めは。でも、二度めは上位者の期待に応えるためにノリで言って後悔してるだけですよね。だったら、迷惑かけたとかって、私を言い訳にしないで、深い意味はないとか、その場を乗りきるためだったとか、正直に言ってくれたらいいでしょう? そしたら、私だってわかってますよとか、気を使ってくれたんですねとか返して終わりにできるのに」
「そんなの駄目です!!」
思わず体を起こしてしまい、ハッとして片手で口を抑える。
「……いまの、何が駄目なんですか」
心底不信感いっぱいの怪訝さを向けられて、胸にグサグサと堪える。
うっかり、力いっぱい駄目だと叫んでしまったのは、イスズさんから出た「終わり」という単語を拾ったせいだ。
自分の方こそ、もう迷惑をかけないために会わないと決め、終わらせようとしていたはずだというのに。
それでも、同じ城下周辺に拠点があるのだから、先日みたいな偶然の遭遇はあり得ることで、どこでだろうとイスズさんが何かの事件に巻き込まれたり危ないめに遭ったりするのならば、当人から嫌だと拒否されようと助けに向かうに決まっている。
それは騎士としても男としても同じこと。
となれば、ここは、なんとしてでもイスズさんを説得しなければならない。
何より、色々と諦めてはいるものの、あんな誤解をされたままでは、ここまで育った想いが可哀想すぎる。
と、そこまで考えて、ふと気がついた。
「イスズさん、一度めは迷惑だったと明言していましたが、二度めは迷惑じゃなかったんですか?」
「ソレイユさん、論点をずらすのはやめてください」
「違います。イスズさんこそ、私が迷惑だったのなら、はっきり言ってください。変に気を使われる方が傷つきます」
「ちょっと、勝手に傷つくのはやめてください! 私は、あの時、ちゃんと感謝してました」
感謝……と聞いて、迷惑だったと言われるよりもショックを受けている自分に驚く。
あの、紛れもない意識した告白に対して感謝というのは、気持ちはありがたいけど、異性としての興味はないという意味だと理解できてしまったのだから。
「ソレイユさんの方こそ、後悔していると認めてください。私は、それで傷つきませんから」
きっぱりとしたイスズさんの物言いに、自分こそが傷ついたように胸が痛くなる。
「どうして、イスズさんは傷ついてくれないんですか」
眉間をしかめ、こちらを訝しげに見てくるイスズさんに、ここから先は本気でマズいと口を縫い止めて格好をつけたい騎士の矜持を抑えて、この膨れるばかりな気持ちを少しは思い知ってくれという乱雑でヤケっぱちな自分が勝利した。
「後悔してますよ」
望み通りに言ってみれば、イスズさんは「ほれみろ」「やっぱり」という顔をしてくれる。
しかし、こちらは、ここで終わらせてやるつもりがない。
「あの時、本人以外に気持ちを問われて肝心の大切な人に同意もとらずに答えたことも、大事な大事な言葉だったのに当人を振り返らず目も合わさないで告げてしまったことも、何度も何度も飽きもせずに後悔しています。イスズさんこそ、正直に教えてください。目立つことが苦手なあなたに、顔見知りの集まるところで勝手な告白を聞かされて、本当に迷惑じゃなかったんですか」
「それは……」
「言っておきますが、あの時の告白は王家の意向に添ったわけでも、イスズさんに恥をかかせないよう庇ったわけでもありません。正真正銘の紛れもない愛の告白です」
「なっ!? あ、そんな、今更…………」
言い訳じみているのはわかっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
「もう一度、問います。イスズさん、あなたは身勝手な告白を聞かされて、迷惑じゃなかったんですか」
はい、迷惑ですと肯定されたら立ち直れる自信はなのに、それでも何か返してほしくてじっと待っていると、ぼそりと返事らしきものを呟かれる。
「――ですよ」
「え?」
「私は嬉しかったんです」
そう訴えてきた表情は苦々しげなのに超絶可愛かった。
「でも、だって、イスズさんの苦手な人前だったし、目も合わせなかったし、私みたいな面白みのないオカルト素人で、無意味に注目を集める奴なんて好みの論外では?」
まさかの返答に舞い上がりかける己を制し、聞き間違えや勘違いだと早く諫めてほしくて、前のめりで解説を求める。
「確かに目立つのは苦手ですけど、あの時は答えないと仕方ない状況でしたし、一度めのうっかりと違って、ソレイユさんが意識して宣言してくれたんだって思ったから嬉しかったんです。それに、ソレイユさんは優しくて気配り上手で、私のマニアックな研究も認めてくれて、そんな人に好意を向けられて、迷惑とか思うわけないでしょう」
それを聞いた瞬間、自分の頭に一本の花が咲いた。
「なのに、その後、ちっとも音沙汰がないから、ノリで宣言しちゃって後悔してるんだって考え直して。だから、こっちは気にしてないので、全部なかったことにしていいですよって言って、ソレイユさんが同意してくれたら、やっぱり違う世界の住人だったんだって、きっぱり忘れようと思ってたんです。なのに、なんでこんな……」
まだまだ文句を言い足りなそうなイスズさんを前に、望まれても同意しなかった自分に称賛の嵐を送っておく。
「イスズさん。改めて言わせてください」
今度こそ目を見て、同意を得てから仕切り直したい。
その気持ちに、イスズさんは小さく頷いてくれる。
跪こうかとも考えるけど、ここは騎士というよりも対等な存在として向き合いたくて、そのまま飾らない言葉を率直に告げよう。
「私はイスズさんが好きです。無駄に人目を引くので迷惑をかけてしまうかもしれませんが、これからも、あなたと一緒の時間を重ねていく許可をいただけませんか」
返事をもらうまでのわずかな時間が長くて痺れる。
「はい。私もオタクすぎて呆れさせることが多々あるかもしれないですけど、多少の揉めごとよりも、ソレイユさんと一緒の時間を取りたいです」
一本だけ花開いた脳内の丘は、目の前の潤んだ笑顔につられて満開になった気がした。
ああ、もう……。
言葉にならなすぎて、思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。