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告白と親しみ


※ Sideソレイユ



「では、何か私にしてほしいことはありますか」


これが、好意に対する義理の礼すらも誤解を招きかねないと慎重になる自分が捻り出した、起死回生を願う一撃だ。


これで恋人になってほしいだの、結婚したいだのと望まれたら、明確に断れるきっかけにできる。

あのラグドール王ならありえないとは思うが、万が一、身分や権力による圧力がかけられるなら、今度こそ自分の意志で逃げ出す覚悟もある。

最悪なのは、モモカ姫がいつもの如く、無言で訴えてくることだ。

それをされたら、こちらに打つ手はない上に、気持ちを知っているなら応えてやれと周囲の圧力が増す未来しかない。


以前は胃痛を抱えて堪えるばかりでいたけれど、いまなら暴発して、本音を叫んで三度めの迷惑をかけかねないことが一番の懸念だ。


そんなこちらの緊張とは裏腹に、もじもじとモモカ姫から出てきた願望は可愛らしいものだった。


「二人きりでデートがしたいです」


「二人きりでデート……」


意外すぎて、馬鹿みたいにオウム返しをしてしまう。

しかし、更に珍しいことに、モモカ姫から具体的な案が続けられた。


「公園で待ち合わせをして、ゆっくり散歩をしながら手をつないで、疲れたら素敵なカフェに寄って店員さんに冷やかされたりして。それから、街を歩いていたら、あっと言う間に時間がすぎて薄暗くなるのですけど、まだ帰りたくないなって甘く見つめられながら言われてみたいです」


なんだろう、この庶民にありきたりな少女趣味の要望は。

これまでは無言で察してくれとばかりに見つめていたのが不思議なくらいの明確な意思表示。


ただ、ギャップがありすぎて不気味に感じる反面、ある意味では安堵もしている。

それに、これまで色々とあったにせよ、こうして勇気を出して告白された限りは、正直なところを返さなければフェアじゃないと思う。


「モモカ姫、申し訳ありませんが、私には特別に思う女性がいるので、その気持ちを裏切るような真似はできかねます」


誠実さと明確さを意識して選んだ言葉に、モモカ姫はきょとんと首を傾げるばかりで反応が薄い。

これは、もっとはっきり言わないと伝わらないかと、悩んだ末に避けていた断りの文句を口にしてみる。


「私には他に好きな人がいるので、モモカ姫の気持ちに応えることはできません」


「……酷い」


パチリとした瞳からポロリとこぼれた非難と一緒に、ポツリと涙がこぼれ落ちていく。

守るべき女性を泣かせるなんて、騎士としてあるまじき行為ながらも、こればかりは仕方ない。


「どうして、そんな酷いことを言うの?」


そんな風に責めてくるモモカ姫に、これまでを含めて言い返したいことが沢山浮かんできて……しかし、どれも言葉にすることもなく、しっかりと見つめて初めての親しみを返す。


「気持ちはわかります」と。


モモカ姫は長いまつげをパチパチとさせ、いくらかの雫をこぼして見つめ返してくる。


「わかりますよ。貴女と同じく、片想いをしていますから」


ひどく不思議そうな顔に苦笑して、少しの本音を晒す。


「その人にはとても夢中になれることがあって、頼もしくて大人な仲間達もいて、私がいなくても困るどころか、側にいると迷惑をかけてしまうばかり。それでも、こちらを向いて、同じ気持ちを返してくれたらと、私だって願ってしまいたくなる」


馬鹿みたいで、滑稽で、情けなくて、恥ずかしくて堪らないのに、否定できない本心。


「けれど、誰にお願いされようと、誰に脅迫されようとも、誰かを好きな気持ちは曲げられるものではないでしょう」


それが自分自身の願いであっても難しいことなのは、誰よりも実感を持って身にしみている。

いくら駄目だ、迷惑はかけられない、この気持ちは純真な親しみと感謝からなのだとしっかり己に言い聞かせ、熱心に騎士道に邁進していたというのに、心に住みついた恋心の欠片は確実に育っていくばかり。


「だから、どれだけ貴女に泣かれて罵られようと、私があなたの気持ちに応えることはできません」


「ヴァン様……」


どれだけ傷ついた顔をされたところで、これ以上は無骨な自分に言えることなど見つからない気がしたので、丁寧に騎士の一礼をしてから背中を向けた。


開いているドアの前、すっかり意識から飛んでいた証人のナナコさんと目が合う。

一瞬の内に言い方が悪かったのでは、余計なことを言ったのではと不安がよぎるも、労うように小さく頷いてくれたのでホッとする。


小部屋を出れば一斉に視線が集まったので、話は終わりましたと告げた。


「モモカ姫は……」


ラテアに聞かれて答えに迷う内に、向こうの視線が出てきたばかりの小部屋へずれていく。


「しばらく、そっとしておいた方がよさそうな感じですかね」


「おそらく」


「となると、困ったな」


続けられた発言に、まだ後にも予定があるのかと見つめていたら、今度半身を方向転換をして訊ねている。


「どうしますか。他の部屋を用意するのは構いませんが、ナナコ嬢の交代要員が必要になってきますけど」


それに対し、うーんと考え込んだのはイスズさん。

なぜ、何、どういうことだ?


ずっと視界に入れないようにしていたイスズさんにピントが合ってしまったことも、謎の会話が繰り広げられたことも、構えのない自分を狼狽えさせるに充分な要素だ。


「ああ、黒騎士様は何も聞かされてなかったんでしたね。本日はイスズ嬢とモモカ姫の二本立てなので、もう少しだけつき合ってくださいませ」


「え!?」


ラテアの説明に思わず声がもれるほど心臓が跳ねる。


イスズさんの名前を告白してきたモモカ姫と並べられては、脳内で都合よく変換してしまう。

つまり、イスズさんも想いを向けてくれているのでは、と。


そう思いついた瞬間、理性が即座に否定する。


冷静になれ。

モモカ姫と違ってイスズさんの格好は普段着で、緊張感も頬を染める様子も微塵もない。

だから、期待はするな。

そもそも自分は、そんなことをできる立場にない。


そう考えてみるけど、心臓は高鳴ったまま、着飾ってはいないけど口紅は自分が選んだものだなと見極めてしまっている。

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