見届人
* Sideイスズ
珍しく念入りに鏡を覗き込んで、よしと小さく気合いを入れてから部屋を出る。
階段を降りていく途中、休日で誰もいないはずなのに話し声が聞こえてきたせいで段を踏み外し、色んな意味でヒヤッとしてると、危ないですよと理不尽な注意をされた。
「誰のせいだと……。私、鍵かけてたよね、ジェット」
「安心してください。開けてくれたのはナナコさんです」
答えるジェットの背後に、そのナナコさんがいた。
「ナナコさん。ナナコさんに預けてある鍵は、緊急事態のためでしたよね? 今日は普段通りでいくから、お世話にならなくても大丈夫だって言いましたよね?」
「どっちも、ちゃんと聞いてるわよ。だけど、可憐なお友達を外で待たせるわけにはいかないでしょ。ジェットは、そのついでよ」
「お友達?」
一瞬、モモカ姫がよぎって慌てるけど、彼女とはセントラルパークで待ち合わせをしてるから、ここまで来ることはないはず。
じゃあ、誰だろうと物音がした方へ首を回して驚いた。
「ハロー、イズイズ」
「え、リリベル様!?」
「やだぁ。私がイズイズって呼んでるんだから、リリンって返してよ。なんだったら、ハグしてくれたっていいわよ」
前半の要望はともかく、後半のハグは遠慮しておきたいです、高貴なお嬢様。
それより何より……
「どうして、こんなところに?」
「あら、自分の研究所を、室長さん自らが、こんなところなんて表現しない方がいいわね」
親切なアドバイスをしてくれる気持ちはありがたいけど、いまの本題はそこじゃない。
「ファンを代表して、見届ける義務があるんだって」
疑問に答えてくれたのはナナコさんで、それでもさっぱり意味がわからない。
なのに、嫌な予感だけ濃厚なんですけど。
「あの……見届けるって、何をですか?」
「もちろん、イズイズとモモカ姫の告白よ」
「はい?」
「なんかね、モモカ姫が喋っちゃったんだって」
ナナコさんの補足に、ヒュウッと血の気が引いていく。
「いや、だって、モモカ姫は公務を控えてるはずじゃあ……」
「公務じゃなくて、私的なお茶会でだって」
「そんな……」
「王家の代弁をさせてもらうなら、モモカ姫信者が急に引きこもり出したのを不審に思って、このまま顔を見せないようなら騒ぎ立てると絶妙な圧力をかけてきたのよ。それで出た折衷案が、取材の入らないお茶会だったのよ」
「小娘達の妄想噂話にしても、逞しい想像力で陰謀論とかまでに発展すれば、いまは下手すると隣国の王子様も巻き込みますからね。友人として姫を心配しているだけだと主張されたら、王家も妥協するしかなかったんでしょう」
リリンさんの代弁に、坊ちゃんなジェットが解説をしてくれた。
でも、だからって……。
「もちろん、姫様には事前に色々と言い聞かせていたらしいのだけど、周囲は誰も告白の予定なんて知らなかったし、知っているリックスレイド王子には関わらせるのが申し訳ないのとややこしくなっても困るからって知らせなかったんですって」
よかれと思う行き違いが生んだハプニングよね、とリリンさんは評してくれたけど、この先の展開が怖すぎる。
「その私的なお茶会に過激派な代表がいてね、告白の予定を知るなり、推しのカップリングがやっと公式になるって大騒ぎなのよ。一部には黒騎士様から告白すべきだって古典ロマンス派もいるけど、信者達の間では概ね歓迎なようね」
言われて妙に納得をする。
どうりで、呪い人形の痕跡がパタリと止まったわけだ。
「イズイズ、遠い目をしてる場合じゃないわよ。世紀の瞬間を目撃しようと、自称親衛隊やらファンクラブやらの意気込みが半端じゃなかったのよ。だから、私が全ての代表として見守ってくるって宣言して、権力と財力と熱量で黙らせてきたの」
リリンさんの配慮はとても非常にありがたいわけだけれども、友情に感謝してよねとウインクしてくるのには、どう返していいのかわからないので困ります。
てか、黙らせた方法が気になって仕方ないんですけど。
「ともかく、何が起きるかわかないから、用心して行きましょう!」
本来なら恭しく傅かれているはずのお嬢様が、まるで戦女神のように勇ましく気合いを入れてくれるから、ますます大変なことになったようで、こっちから誘導しといてなんだけど、直前にきて尻込みしそうだ。