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歯噛みとハニカミ/歓喜と悲哀


∉ Sideジェット



これ以上の余計な騒動にはならないよう、王子様達には直ちに帰ってもらった。

現在は駆けつけた護衛所の人達によるイスズさんの聴取待ちだ。


「ねえ、ジェット。イスズが言ってた黒騎士様の予定把握の当てって、イズクラの情報網だよね」


ブレッドさんの問いかけに、たぶん、と平素に答える。


「あの感じなら、イズクラ通すまでもなく、自分主導で動き回っちゃいそうな勢いだけど……」


「イスズさんのことでイズクラ会長の僕が動かないなんて、なんの意味が?」


「そうなんだけど、なんでかイスズは振られに行くって言い張ってたけど、それってつまり、関係をはっきりさせてくるってことだよね」


「要するに、告白してくるって意味だろ」


せっかく濁したブレッドさんの気遣いを、ロケットさんはきっぱりと台なしにしてくれた。

あたふたと口を塞ごうとするブレッドさんに、大丈夫ですと苦笑する。


「それでも、僕はイスズさんが望むなら全力で動きます」


「わかったよ。会長がそう言うなら、こっちもしっかり動くからね」


「ありがとうございます」


「あと、結果はどうあれ、ジェットは黒騎士様を一発くらい殴っちゃっていいと思うよ」


「は?」


さらりと言われたけれど、温厚で可愛いもの好きのブレッドさんの口から出てきたので聞き間違えたのかと思った。


「そうだな。イスズには気づかれないようセッティングか人壁か、協力は惜しまないぞ」


そんな後押しをしたのは、いつもブレッドさんと意見を違えることの多いロケットさんだったから、更に戸惑う。


「俺達はイズクラ会員で、オカルト研究所仲間だ。断然、黒騎士様より可愛い後輩の味方だ。ついでに、片がついたら、所長も交えて男子会でもするか」


クリップさんは先輩らしく、後輩の頭に手を置いてグリグリと撫で回してくる。


僕が追いかけてきたのは騎士のビートル・ビームスで、慕ってきたのはイスズ先輩で、だから、他の研究員とは無難に対応してきた認識でいた。

見習いは、あくまで研究所に出入りするための肩書きで、仲間に数えてもらうことはあっても、ただのお情けだと思ってたのに……。


「ありがとうございます。楽しみにしています」


気恥ずかしさから、小声になってしまったものの、先輩達は聞き取ってくれたようで、みんな似たような笑みを浮かべてくれている。


「にしても、イスズは、なんで振られると思い込んでいるんだかな?」


不思議そうにあごを擦りながら呟くロケットさんに、顔をしかめて、遠慮を取っ払った答えを口にする。


「そんなの、決まってるじゃないですか。黒騎士様が外見も能力も一流のものを持ってるくせに、性格が驚くほどヘタレだからですよ」


先輩達がそれで納得したかは返事がなかったので不明だけど、少なくとも、否定する言葉は出てこなかったので、そういうことだろう。




※ Sideソレイユ



「はい、了解しました。ヴァンフォーレさんはどうしますか」


「すみませんが、この後、用事があるので」


「いえいえ、非番なのにご苦労様でした。後は、こちらで引き受けます」


よろしくお願いしますと護衛所の勤務番と別れると、少々、いや、なかなかの罪悪感を持って立ち去ろうとしている自分が逃亡者に思えてならない。


当然、この後の予定なんかない。

むしろ、休日なのに、やることが鍛錬しかない自分を心配した先輩達が誘ってくれなかったら、絶対に引きこもっていたくらいだ。


本当なら、先輩達の誘いだって断ろうと思ったのだけど、めったに休みが被らないと言っていた三人がたまたま重なったからと言い訳をして声をかけてくれたのだ。

何が得するわけでもないのに、わざわざ合わせてくれたのだと察してしまったからには、お気遣いなくとは言えなかったし、気持ちとしては素直に嬉しかった。

そうして、誘い出された緑豊かな公園で散歩をしている通りの向こうに、もう二度と会うつもりのなかった姿を見つけて釘付けになった。


己の誓いをまっとうするなら、このまま素通りをすればいいだけなのに、遠目に見える華奢な姿を目が、脳が、心臓が嫌がって離せなかった。

その流れで、護衛の習慣として、同時に周囲の確認も行ってしまう。

一人なのかと思ったら、前方に研究所メンバーがいたので、そうだよなと安心しながらも、遅れて歩いているせいで単独行動しているみたいで心配だった。


いや、こんな昼日中ののどかな通りで半人前の自分が心配だなんて、過剰で、はた迷惑なことはわかっているのだけど……なんて考えながらもストーカーみたいに目線で追いかけていたら、付近に悪い意味で違和感のある佇まいの人物を見つけた。

見覚えがあるようで必死に記憶の棚を探っていき、ハッと思い出した自分を褒めたくなった。

休日に暇つぶしと精進を兼ねて、担当外区域の哨戒情報を取り寄せてチェックしていたひとつに、この辺りで活動しているスリとして手配されていた男だ。


閃き思い出した途端に、体は走り出していた。

スリの狙いがイスズさんに定まっていたのだから。


そこからは過去一番の動きとなった。


最短速度で標的に追いつき、予備動作なしで圧倒して無駄なくスリを確保。

遅れて追いついてきた先輩達にスリを任せ、カバンを持ち主に返そうと振り向いて、真っ直ぐにイスズさんと目が合った。

会ってしまった。


ああ……と吐息がもれそうで、緊張をしすぎて固まるかと思っていたのに足は吸い込まれるかのように近づいていき、気がつけば近距離で対面していた。

カバンを渡し、名前を呼びかけようとしたところで、ようやく拙い理性が仕事を始めた。

これ以上、再び、またもや、目立たずとも賢明な研究者の彼女に迷惑をかけるのかと。


いや、それは許されない。

自分が許せない。


瞬間に判断した己から出てきた言葉が「では」だった。

挨拶もしないで別れだけ告げるとか、我ながらアレはないと思う。


「はあ、みっともない」


いくら事件を早期解決しても、格好悪さは帳消しにならないだろう。

加えて、見つめ合っていた僅かな間に二人だけの世界を感じたというか、互いに惹かれるものがあった気がするのは、見込みの無い関係に悪あがきしたがる錯覚に違いない。

増してや、別れを告げた瞬間、イスズさんの表情が憂いを帯びて見えただなんて、完全なる願望に決まっている。


「酷い人だな、あなたは」


片恋男の完全なる八つ当たりは、けれども、紛れもない本音でもある。


時折見る夢の中での姿よりも、現実の方がずっと綺麗だったという衝撃は、寮に戻ってきてもなかなかの動揺となって蝕み続け、そわそわ、もやもやする心身を波々一杯の水で流し込めば、消化のために鍛錬場へと勇むばかりだ。

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