ジェット少年
* Sideイスズ
ドン、ドン、ドン!!
叩き方が激しくなった。
対抗するには、同じくらいの負けん気が必要だ。
「もう大丈夫です」
今度は強がりでなく言えた。
足裏にしっかり体重を乗せ、手のひらを握り開きしながら体の支配権が自分に戻ってきたのを確かめる。
さあ、震えて引きこもるのは終わりにしよう。
気合いを入れて階段下を睨みつけた瞬間、再びがくっと膝にきた。
だけど、今度は気持ちの力が抜けたせいだ。
「イスズさん、大丈夫ですか!? 何かあったら叫んでください。叫べないなら、十秒後にドアを蹴破ります」
よーく知っている声だった。
しかも、カウントが一から五に飛んだ。
次にはドアが壊され、余計な出費が嵩んでしまう。
「ジェット! 壊したら、しばらく出入り禁止だからね!!」
階段を全力で駆け下りながら、近所迷惑も顧みずに怒鳴り叫んだ。
「ええっ、そんな!!」
ドアの向こうと会話が成立して、予定外の出費が抑えられたのでホッとする。
鍵を開けてみれば、私よりも視線の低いジェットが立っていて、何やら上から下まで検分された。
「まだ、何もされてないみたいですね」
ジェットは真剣な顔つきだ。
「心配……してくれてたんだよね」
昼間のことは所長以外に報告していないのだけど、鋭い観察眼を必要とする職場なので、あえて聞かないでいてくれたのだろう。
「当たり前です。護衛とはいえ、一人暮らしなのにひとつ屋根の下なんて黙っていられません!」
「……ねえ、ジェット。まさか、つけてたの?」
「当然です」
ジェットが胸を張って答えるので、その愛らしいほっぺたをつねり上げた。
「何やってんのよ、こんな時間に。ちゃんとおうちに帰りなさい」
「しょんなほと、へひるはへなひれって、ひたいれす、ひふふひゃん」
涙目になって訴えてくるのでやりすぎたかもと手を離したら、ほっぺたは真っ赤になって痛々しかった。
なのに、うっかり可哀相だけど可愛いなと思ってしまったのは、胸の内に留めておこう。
「とりあえず、中に入れてください」
頬をさすりながら上目遣いでおねだりされたら、ちょっとほだされそうで頭を振った。
「駄目。入ったら居座る気なんでしょう」
「大丈夫です。ちゃんと、家には研究所で合宿だって言ってきたんで」
ジェットはにっこり笑って、どんと大きなトランクを見せびらかしてきた。
「ちょっと、何日分で用意してきたの」
「ちょうど一週間です」
「ああ、もうっ」
前々から、ちゃっかりしているとは思っていたけど、これはかなり行きすぎだ。
ここは上司としてしっかり説教せねばときつく目を合わせるたら、ジェットに思わぬ反撃を食らう。
「イスズさん。どうしてすぐに、開けてくれなかったんですか」
「え?」
「まさか、僕だってわからなかったんですか」
「ええっと……」
わからなかったどころか、不審者と間違えたなんて言えない勢いで詰め寄られる。
「イスズさんは僕に対する愛が足りない!」
「うっ……」
そうくるのかと、困った。
「あ、あのねぇ」
「っていうのは冗談ですけど」
ジェットは年下の甘えた仕草から、突然、年相応以上の思慮深い顔つきに切り変わる。
「僕のこと、誰と間違えたんですか」
息が詰まって返事ができなかった。
「誰に狙われているか、イスズさんは知っているんじゃないんですか」
ああ、そうだったと思い出した。
ジェットの情報収集力は異常なのだ。
二年前、道場破りの如く押しかけてかていたジェットは、所長のビービーに明らかに邪険にされていた。
が、知らぬ間に、私が調査協力してもらっていたオカルト関連の情報先をまとめてイズクラと称した組織をまとめた功績を引っ提げてビートルに研修生として特別に認められてしまった。
そうして、その頃の研究所で突発的な出費が重なっていたことをどこからか仕入れてきたジェットは、臨時収入となりそうな調査や意見調書の依頼を持参して出直してくるほど有能で、すっかり、なくてはならない戦力となっている。
「私に聞いてくるってことは、ジェットでも、まだ突き止められてないってことだね」
「はい。でも、時間の問題です」
ジェットは謙遜せずに圧力をかけてきた。
「ごめん。みんなに心配かけてるのはわかってる。でも、まだ私にも理解できてることは少ないの」
「本当に?」
「本当に。わかってたら、こんなに大事になる前に自分で処理してたよ」
「わかりました、信じます。僕の方でも調査を続行しますね」
「うん、お願い」
「じゃあ、合宿にしてもいい?」
確かめることを確かめたジェットは、小首を傾げて、ころっとおねだりモードに切り替わる。
この器用さが世渡り上手のコツなのだろう。
「んー……とりあえず、今日だけ。明日からどうするかは所長に判断してもらう」
「はーい」
素直な返事をしているけれども、ジェットは早くも所長を丸め込む算段を始めている顔だ。
「じゃあ、今日は――」
甘えこぶりっこで、お次は何をおねだりしてくるつもりだと思っていたら、騎士様が提案をしてきた。
「彼には、私の代わりに所長室を使ってもらいましょう」
「なるほど、そうですね。ジェット、荷物は自分で運ぶように」
「はぁい」
こちらの指示に、これまた素直な返事をしてきたので、もう今日の心配ごとは終わりだと思ったら眠気がやってきたのか、大きなあくびが出てしまった。