指切りげんまん
* Sideイスズ
みんながジェットに続いて立ち上がる。
私もカバンを手に店を出ると、そこでお忍び組と別れることになり、ふと、地味な格好なのにオーラが隠しきれないモモカ姫と目が合った。
私の気分はさておき、モモカ姫は邪気のない笑顔を向けてくれる。
こんな状況ながらも、小さく手を振るモモカ姫はやっぱり愛らしくて、それが、どこまでもモヤモヤする置き土産を増産してくれたみたいで、俯き加減にみんなの後ろをついて歩く。
そんな風に、研究室でもないのに考え込んでいるのがよくなかったらしい。
ドンと後ろから肩辺りを誰かにぶつかられた。
でもって、謝罪する間もなく走り去られる。
「……え」
それで肩に引っかけてあったはずのカバンがなくなっていることに気がついたのは、自力の察しじゃなくて、更に真横をすり抜けて追いかけていく誰かがいたせいだ。
艶のある黒い髪がなびく、スタイルのいい後ろ姿。
親切などこかの誰かさんではなく……「ソレイユさん!?」だった。
そこから先は、あっという間だ。
私のカバンのひもを確保した上で、ガッ・ドンの一瞬で引ったくり犯を制圧してしまったおかげで、一番後ろいた私に何かあったのだと、当人も含む研究所メンバーがようやく気づいた有様だ。
「大丈夫ですか、イスズさん!?」
ジェットが慌てて確認してくる間に、別れたばかりの王子様達まで戻ってくる始末。
心配をさせてすみませんとか、ご迷惑をかけましたとか、大丈夫ですとか言わなきゃと思うんだけど、どれもこれも出てこない。
というか、思わぬ再会から目が離せない。
気を失ったらしい犯人を同行者に頼み、真っ直ぐ、こちらに向かって歩いてくる。
長い足のせいか、すぐに目の前に到着して、両手で丁寧に使い古されてるカバンをさし出してきた。
呆れられたか、不注意だと怒られるのか。
色んな意味で緊張しながら受け取ると……
「では」
久しぶりのソレイユさんが口にした言葉はそれだけで、後は同行者といくらか話して足早に退場していく。
「え?」
登場と同じくらい、いなくなるのも素早かった。
「……逃げたな」
「逃げたね」
「見事な逃げっぷりだな」
「でも、騎士として、すべきことは終えてますよ」
「わかってないな。その周到さが、返ってヘタレ具合いを証明してるってもんじゃないか」
呆然と見送る私も、一瞬、同じことを考えついたけど、すぐに逃げられる理由がないかと否定したっていうのに、こんなに連続した同意を聞かされたら、気のせいだと思い込むのも難しいというもの。
「なんで……」
私の気持ちは、その一言につきる。
取り返してくれたカバンを抱える腕に力が入り、ぐるぐるする思考で体が軽く震えると、頭の中でプッツンと何かが切れた。
「もー、体によくない!」
叫ぶ勢いでクリップ達を使って人壁を作らせ、その陰にモモカ姫を招く。
そうして、両手をがっしりと掴んで聞いた。
「私達、お友達ですよね」
と。
「もちろんですわ、イスズさん」
「よかった。では、恋バナをしましょう」
訳もわからず壁扱いされていたクリップ達がギョッとして振り返ったのは、女子の会話ができないと豪語するマニアな地味研究者の私から飛び出した発言とは思えなかったせいだろう。
でも、聞き間違いでも、なんでもない。
「モモカ姫はソレイユさんのこと、素敵だなって思いますか?」
「ええ」
「では、特別だなと思うことは?」
これには曖昧に笑って濁される。
さっきの個室でのやりとりと同じ、無意味な繰り返しなのだけど、壁である研究所の面々にチラチラ寄越される心配で堪らない顔ったらない。
「それじゃあ、ソレイユさんとリックさん、二人にデートを誘われたら、どちらと出かけたいですか?」
その質問は、表面上はふんわりと可愛らしい例え話のようながらも、容赦ない二択という追い込みだ。
「あ、どちらも、とか、選べないはなしですよ。どちらも同じ日、同じ時間に誘ってきた設定なので」
おまけに、更なる追打ちをかけていく。
迫られたモモカ姫は、これまで同様に笑ってやり過ごそうとしているものの、どこか追いつめられた様子が見てとれるのは穿ちすぎだろうか。
もちろん、逃がすつもりはない。
「難しく考えなくていいんですよ。こうだったら素敵だな、憧れるなぁっていう、ただの妄想なので、何か影響するとかの心配は必要ないです。ちなみに、私だったら、断然ソレイユさんです」
「断然……」
「はい、断然です!」
モモカ姫はどうですか? と、軽い笑顔で畳みかける。
「そうですね……私も、ヴァン様がよいです」
それは、いつもよりも小さく、ぎこちない声だったけど、確かにモモカ姫の答えだ。
返事が聞けて一息、人壁に徹してくれてる研究所仲間が当て馬にされたリック王子の肩や背中をバシバシと無言で叩いているのを尻目に、ここから肝心の本題に入るために気合いを入れ直す。
「それなら、私達、お揃いで仲よしですね」
そう伝えると、モモカ姫は何を考えているのか、嬉しげに微笑んでくれた。
「だったら、一緒に仲よく振られに行きましょう」
いい顔のつもりで誘うと、モモカ姫も笑顔を返しつつも、お得意の曖昧な気配が滲み出ていて、人壁になっている一同も怪訝そうだ。
「モモカ姫、知ってますか? 仲のよい女友達というのは、大事な時ほど一緒に行動するものなんです。ですから、今度のソレイユさんのお休みを捕まえて、二人でスッキリと振られちゃいましょう。ああ、ソレイユさんのスケジュールなら、押さえる当てがあるので大丈夫です」
弾んだ調子の誘いに、さすがのモモカも聞き流してやりすごしていいのか迷ってるっぽい。
「そうして、全部スッキリと片がついたら、二人だけでお茶会を開くんです。お茶会は嫌いですか?」
「いえ、好きですわ」
「よかった。じゃあ、お楽しみのお茶会のために、私と一緒に振られに行ってくれますよね?」
「……」
「私と仲よしは嫌ですか?」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
「じゃあ、約束しましょう。仲よしの約束です。小指を出してください」
古式ゆかしき指切りで同意を取りつけると、ここ最近なかった、驚くほど晴れ晴れした気分で笑えた。
プッツンしたので暴挙に出つつも、それなりにアレコレ計算してるイスズです。