お忍び
* Sideイスズ
自分が憎まれてる痕跡が点々と見つかるとか、多少の予想や覚悟はしてたけど、これはかなりしんどいかも。
ビービー達の過剰な心配も当然で納得だ。
「こういう形なら、ひとまず安心だな」
「え、安心なの? これが??」
クリップの言に、信じられない思いで聞き返す。
「想像よりはな。正式発表がああだったから、表立っての文句は王族への異論に取られかねないからだろ」
「文句の代わりがコレなのに?」
知らないところで作られた人形だけど、自分の分身として製作されたのかと思えば、可哀想な気がしてならない。
「正に身代わりだな」
「……それって、直接的には何もできないから、間接的な嫌がらせで済んでるってこと?」
「そういうことだ」
言われてしまえば、ちょっとだけホッとしなくもない。
ちょっとだけなのは、間接的でも、かなりのダメージを食らってるから。
「でも、油断は禁物だよ。あの広報でも妬ましく思っている姫✕騎士のファンは確かにいるって意味でもあるんだから」
ブレッドの指摘に、ロケットが当分の外出は必ず誰かと行動した方がいいと重ねてくる。
それでも、外出禁止ではないことに、嬉しいような不安なような。
「そろそろ、引き上げるか。ジェットが全速力でこちらに向かっている頃だろうしな」
調査記録とランプの処理をして、管理人さんに挨拶に行こうと森を抜けたら、元気のいい声が飛んで来て、驚きながらも苦笑するしかない。
「イスズさーん」
ぶんぶんと音が聞こえてきそうなくらい手を振っているジェットが笑って呼んでくれてる。
「早かったね」
こっちも手を振って応えると、いい笑顔のまま返してきた。
「見学者の中にお仲間がいたから、馬車、借りちゃった」
てへっと肩を竦めるジェットは可愛いけど、貸してくれただろうお仲間であるイズクラ会員がお坊っちゃま校の見学者となれば、ちょっと私的流用すぎないのか心配になるので深追いしないことにする。
「ところで、今日の調査はどうでした? やっぱり、呪いでした?」
「あー……うん」
いかにもな微妙な反応を見て、ジェットは眉間をしかめる。
「まさか、イスズさんは無関係ですよね?」
違うと言ってほしいのだろうけど、そっと視線を逸らすのが精一杯だ。
「この間、若手人気歌手と新人女優のスキャンダルが話題になったばかりだし、呪いの藁人形からは対象がわからないはずでしょ!?」
動揺しているジェットに、とりあえず、現状を思い知らせる為のわからせ調査を勧められたわけじゃなかったんだなとホッとする。
さすがに、前置きなしで自分を呪う藁人形とご対面はダメージが大きすぎた。
なんと答えたものか迷っている間に、クリップが回収してきた明らかにお茶会の時の装いに似せた人形を見せてしまって、ジェットは顔色を悪くしてる。
「すみません。これじゃあ、ぜんぜん気分転換にならなかったですよね。もっと、ちゃんと下調べしてからにするんだった……」
「ジェットのせいじゃないよ。早めに知れてよかったし、そりゃ、そうだよねって感じだから」
「そうだよねって……イスズさんは、なんにも恨まれることしてないじゃないですか」
ジェットは当人よりも不服そうに言ってくれてるけど、個人的には、ある意味、納得の境地なので曖昧に笑うしか返せない。
「もう、今日調査は終わりだから、その話はおしまい。ね、お腹空いたから、早く管理の人に報告して食事に向かおう」
「……ですね。予約してるお店、雰囲気も評判も、すごくいいんですよ」
何か言いたげなジェットは、それでも気を回して追及しないでいてくれる優しい後輩だ。
きちんと管理人さんに挨拶をして通りに出ると、セントラルパークから一本奥の裏通りに入って、目当ての新しい建物のお店があった。
「最近できたカフェバーなんです。もちろん、僕は夜に来たことはないんですけど」
そんな説明をしてジェットが先頭で店に入っていく。
中は白壁にシックなテーブル席やカウンターが、棚にはセンスのいい小物が飾られていて、利用しているお客さんまでお洒落で格好いい。
だからこそ、自分が浮いてるみたいで落ち着けない。
こういう時、同じオタク研究員仲間なのに、元騎士で城に出入りしながら隣国の王子と顔見知りな部下達は平気な様子で羨ましい。
みんなに紛れて、小さくなりながらリザーブ席のある二階に案内されて移動してると、ふと、階段の反対にあるカウンター席に座るカップルに目が留まった。
正確には、その片方の女の子が気になった。
ナナコさんに地味だと評される私が選びそうな素朴な格好で、妙に親近感がわいたせいだ。
そんな視線に反応をしたのは彼女さんじゃなくて、隣に座る彼氏さんの方で、顔を合わせるなり、思わず目を丸くして立ち止まってしまう。
なにせ、二度見と思われる驚きの振り向きを見せてくれたのは、いろんな意味で思い出深い接待旅行で記憶に新しい人物。
隣国の王子様であらせられる、リックスレイド・ハイヤーさんだ。
うわー、お忍びデートだ――と、咄嗟に思う。
これは気づかない振りをしなければ、と前に向き直りかけ、その寸前で隣の女性と目が合って更に固まる。
え?
王子様の連れは地味な格好で親しみのある雰囲気のはずなのに、見合った瞳はハートをドキリと跳ねさせる魅力がある。
いつもの知っている姿とは正反対の装いなのに、一目でわかってしまった。
「も……」
うっかり呼びかけそうになって、自分の口を自分で押さえつけて、なんとか堪える。
どうしたものかとオロオロ挙動不審になって、そんな様子に研究所のメンバーが気づいてくれたと思ったら、ジェットがいい笑顔で移動をしましょうと背中を押してくる。
どうやら、全力で見なかった振りをする方向でいくらしい。
「皆様、お久しぶりです。せっかくの縁ですから、ご一緒させてもらえませんか」
「えっ?!」
しかし、どこからともなく、リック王子の従者であるキースさんが現れて厄介な提案をしてくれた。
しかも、研究所員一同が呆気にとられている合間に、知り合いだから相席がしたいと、追加で三名を融通してもらえないかと流れるように交渉まで始めてしまうし。
「ええっと……?」
「はあぁー、仕方ない方達ですね」
隣のジェットが深い、それはもう深いため息をこぼした後で、どす黒い何かが渦巻く笑みで了承する。
というか、強制的に了承するしかなかったのだけど、その顔つきは見るからに受け入れたくなさそうだ。
「ジェット、ぜんぶ顔に出てるよ。っていうか、私が取り繕えなかったせいでごめん」
「いえ、こちらこそすみません。色々と、完全に僕のリサーチ不足です。やっぱり、焦ると碌なことにならないですね」
見るからにしょげてしまったジェットに、年相応の葛藤が見えたので、つい頭を手が伸びる。
「イスズさん」
「うっ、ごめん」
最近、年下なのに頼り甲斐のあるところを見せつけられて、先輩としての矜持が保てなくなってる気がしてたから、つい、ホッとしてなでなでしたくなった。
「もう、イスズさんならいいですよ。それより、せっかくのお楽しみだったのに……」
「そうだけど、これは誰にも予想できないし、回避不可能な案件だから」
というわけで、やんごとなきお忍びカップルも合流して、遠い目をして階段を上がるしかない一同は、店員さんとの交渉で予約の半個室から完全な個室に変更されていたので、奥の部屋に案内された。