調査開始
* Sideイスズ
「ついたー!」
ビービーに言いたかったことを言えた私は、久しぶりの調査に気分が上がりまくってる。
セントラルパークの脇にある森は何度か調査に入ったことのある場所で、パークの管理人からも、当日の申告で許可をもらえている。
「ランプにカメラにメモの用意と、準備は万端だな」
「ちょっと待て。なんで、ロケットが前に出る?」
ゴースト担当のクリップが引き止めると、ロケットは胸を張って答えた。
「これはオーパーツや超古代文明が関わっているは案件だからだ」
「どうして、そうなる」
「考えてもみろ。一ヶ所に複数の現象が起きるなら地縛霊の可能性は大いにわかるが、似たような現象が複数で同時多発的に起こる心霊現象なんて聞いたことがないし、理屈が通らないだろう」
「新しい発見かもしれないとは考えられないのか?」
「無理だね。私の得意分野として考えた方が、よほど納得がいく」
「だが、俺は、金属音が響く辺りで白い装束の女の幽霊を見たという証言を仕入れている。その説明は、どうつけるんだ?」
「それは……遺物の番人かもしれない」
「番人なら、屈強であるべきじゃないのか?」
「くっ……しかし、あちこちで似たような幽霊が出没するなど、そんな事件や事故の報告はないだろうが」
白熱していく二人に、今回は出番がなさそうだと可愛い幻想生物が得意なブレッドが、私にどちらを支持するか聞いてくる。
研究所でも、どっちつかずの平行線な議論に陥った場合、いつも、こうして室長の私にジャッジを委ねられるのが流れだ。
「うーん。どっちにも不合理な点があるので、今回は私が仕切ります!」
注目が集まる中で出した答えは、室長として公平なものというよりか、久しぶりの調査を先頭で堪能したいという私欲まみれも甚だしい判定。
でも、たまには室長権限を行使しとかないと忘れてしまっては大変だ。
「ってことで、しゅっぱーつ」
地図と方位磁針とランプを手に張りきって森に歩き出すと、勝手をされた三人は各々の主張を忘れて肩を竦めて笑い合い、従順についてきてくれる。
実に出来た部下達だ。
「やっぱり、足跡からは追えなさそうだね」
公園広場と接する付近は子ども達が走り回り、イチャコラしたいカップルも出入りしている上に、落ち葉や小枝も散乱しているので難しそう。
「そもそも、幽霊に足があるかは議論の余地があるもんだけどな」
というわけで、とりあえず奥に進むことに。
貧乏研究所ながら、調査に関しては、昼間だろうと贅沢にランプを使う。
ただ、本当なら、二人一組で範囲を広げて探索してるところなんだけど、外出解禁したばかりの私には許されず、ぞろぞろ、きょろきょろと移動してる。
「特に寒気を感じるわけでも、雰囲気があるわけでもないな」
いわゆる霊感がある方なクリップは目を細め、周辺を見回しながら観察中。
「あ、痕跡発見!」
これまで得意分野外の議論として参戦してなかったブレッドが、今回は一番に目が利いたらしい。
みんなで近寄ってみると、大木の、私の目の高さくらいのところに小さな穴が開いていた。
直径五ミリもない大きさで、キツツキや自然現象とは言いづらい。
その辺の枯れ草を差し入れて計ってみたら、十センチほどの深さがある。
「嫌な予感が深まったね」
発見者のブレッドの発言に、なんとも言い難い空気が漂う。
クリップもロケットも白熱した議論を交わしてはいたけど、私も含めて、ジェットが噂話を始めた時から、とある予測が立っていた。
「とりあえず、他にもないか探してみるしかないな」
クリップの掛け声で、更に捜索範囲を広げてみると、今度は完璧な痕跡が残ってて、「うわー」と乾いた感嘆の声を上げるしかなかった。
「よく出来てるな」
「というか、夜中に、よくここまで一人で来たよな」
「それでも、こうして残しちゃってるってことは、失敗したんだろうね。それか、作法を手抜きしたか」
各々の感想を持ち寄って観察しているのは、大木に釘で打ち込まれた藁人形。
ご丁寧なことに、どこかで見たことのある水色のワンピースに黒いリボンが頭のてっぺんに結んである。
「再現度が高いな。本人から見て、どうだ?」
クリップが明らかに、こっちに向かって聞いてくるから、頬が引きつって仕方ない。
「長い釘に藁人形、夜中に白い服の女の影。ここまで揃ったら、疑いようもない呪いだな」
日を跨ぐ夜中に、人知れず藁人形を憎い相手に見立てて怨念を込めて釘を打ち込むと、相手を不幸に突き落とすことができると言われている呪いの一種だ。
「あれって確か、けっこうドギツイメイクもしなきゃいけないんだったよな。しかも、七日間、ぶっ通しで」
正式な作法でとなると、その辺の女子にはハードルが高い代物だ。
そこまでして完遂したとなれば、効果があって当然な気がしないでもないけど、その場合、呪われた相手となるべき私がどうにかなってしまうわけで、具体的な成果は考えたくもなかった。
「これって、確か、成功すると燃えてなくなるんじゃなかったっけ」
「もしくは、自分で燃やす――って説もある」
「なら、噂のあった警備所に火災の注意喚起を伝言しといた方がいいな」
建設的な会話が部下達によってなされる中、室長の私は胃がキリキリしてきて情けない。
噂と調査経過を整理して推測してみると、城下のあちらこちらで呪いが多発しているらしく、その呪いたいほど憎らしい相手の代表が私らしい――となる。
これは、どう考えても、新聞でスクープされた件が関係してるに違いない。
じゃなかったら、さすがに、これほど憎まれる理由はないはずだと信じたい。
「とりあえず、現場の写真と記録をとったら、残骸は回収しとくか」
クリップの方針に同意する。
「ついでに、後始末も頼まれてくれる?」
「ああ、お清めと処分だろ。できることはやってやる」
「ありがとう」
クリップは独学だから気休めだって言うけど、その気休めが大事なことも大いにあるものだ。
「ここが片付いたら、もう少し周辺を洗ってみるか」
結果として、他にも二ヶ所の痕跡が見つかった。
ひとつは何度も失敗したらしく、釘の痕の下にバラバラと藁が散っていた。
もうひとつは、藁じゃなくて手作りの布製人形が見るも無惨な姿で吊るされてて、あまりの惨劇に、しばらく釘付けになってしまったという洒落にもしたくない有様だった。