騎士
* Sideイスズ
久しぶりの調査は曇り空だけど、色は白いから日差しが弱まってありがたいくらいかな。
今回は幽霊案件だと想定してるため、もさっとした赤毛を揺らすクリップの仕切りで、研究所の玄関先にて最終確認中。
「あ、ごめん。忘れ物」
几帳面なロケットに小言を言われる前に、断りを入れて研究室まで戻る。
軽くノックしてドアを開けると、中には留守番の所長だけ。
「なんだ、忘れ物か」
私の席に目をやるビービーに、机を回り込んで背後から抱きついた。
「イスズ?」
「守ろうとしてくれて、ありがとう」
そう言う声が尖ってても仕方ない。
「怒ってるのか?」
抱きついてるから顔が見えてないビービーに、素直にこっくり肯定する。
「あの場じゃ、なんにも考えられなかったけど、後から状況に気づいて怖くなった。おじいちゃんから咎めはないって聞くまで、ずっと落ち着かなかったんだからね」
なにせ、歯向かった相手は国王様。
責める口調で訴えたら、ビービーは宥めるように背中を叩いてきた。
「イスズを護ると誓ったからな」
その言葉に、ピクリと反応する。
「……忘れてなかったんだ」
「忘れるわけないだろう」
騎士は王家に忠誠と守護を誓うけど、個人的に一度だけ別枠で許されると言われている。
要するに、告白やプロボーズする時に、形だけ許可されているってことらしい。
もちろん、誓った相手と別れることや、一人で二度三度と軽く誓う人がいるのは笑い話で、真剣な意味などない慣習なんだとか。
だけど、ビービーは騎士を辞めた後なのに、私の上司となり、保護者となると決めた時、約束ではなく、騎士としての作法で護ると誓ってくれた。
「ソレイユさんを紹介してきたから、忘れちゃったんだと思ってた」
「死角は少ない方がいいと思っただけだ。ちょうど、クレオスから相談もされてたしな」
「でも、もう、危なっかしいやり方はやめて。忠誠はともかく、守護はビービーからしか受けるつもりがないんだから、私が死ぬまで責任持って護って」
「十近く上なのに?」
「頑張って長生きして」
無茶を言ってる自覚はあるけど、真剣な訴えだ。
「わかった、俺が悪かった。次からは、もっと丸く収まるように考える」
「うん、そうして」
偉そうに返すと、抱える腕の中でビービーが笑いを堪えているのがジワジワと伝わってくる。
「ビービー」
イスズが低い声で咎めると、今度こそ、体を震わせて笑ってくれた。
「ちょっと、こっちは、真面目に言ってるんだけど」
「わかってる。ありがとう、イスズ」
「なんで、ここでお礼? 普通は謝るところじゃないの」
体を離して確認してみたら、ビービーはびっくりするほど上機嫌な顔をしてる。
「ありがとう、イスズ。俺のお姫様」
「……」
改めて言われた謎のお礼に、恥ずかしい呼び名と優しげな眼差しがついてきてしまえば、文句の行き場は萎んで失うしかない。
「イスズ」
「何?」
「いや、みんなを待たせているんじゃないのか」
「そうだった。もう行くけど、ちゃんと反省しててよ」
「わかった、わかった。行ってこい」
「……行ってきます!」
怒りにきたはずなのに、こうも楽しげに見送られては、なんだか、ただ喜ばせに戻ったみたいで納得のいかなかった。
∅ Sideビートル
今度こそ調査に出ていくイスズを見送って、我ながら弛みっぱなしの自分の顔面に呆れてしまう。
「はぁ、そっか。イスズは俺だけでいいのか」
騎士に未練は残していない。
ナナコが拐われた時は一緒だったメンバーもあって調子が狂ったけれども、研究所を続けていく方がずっと大事になっている。
それでも、イスズに正式な作法で誓ったことは世間的になんの意味がなくても、俺が騎士以外の道を歩く支えであり、指針だった。
幼い友人がいつかは大人になり、誰よりも大事にしてくれる王子様が現れるまでを背後から見守る騎士の役割。
「イスズが望めば、もう一人、いや、将来的にはもう一人、追加の候補がいるのにな」
いつの間にか、進んで手を差し伸べられるほどのお姫様に花開いていたらしい。
「まあ、どちらも背後で満足するつもりはないだろうがな」
二人共、見守りに徹する護衛騎士より、隣に並び立つ王子様を所望しているはずだ。
騎士役で喜ぶ自分とは違う辺りは年齢の差か、相性の差か。
「というか、イスズはどこまで聞いてるんだか」
本人に聞いてみたかったのだけど、なんとなく聞けなかった疑問。
正式な新聞報道の数日後、時間を作って研究所に顔を見せたドラグマニル公はイスズとナナコとビートルへの説明を個別に行った。
俺自身は自分達が帰った後のこと、ヴァンフォーレが青ざめて宣言を翻し、その後は謹慎でもするような姿勢で任務についていることを聞いている。
なので、憎たらしい気持ちがありつつも、辿り着いた奇天烈な拗れ具合いに憐れみが浮かばないでもなかった。
その点、イスズは想定していたよりもしっかりしていて、今日だって、二人きりになるのを微妙に避けていた情けない上司に、わざわざ突撃をかましてくれる余裕があるようだ。
「これは役得かな」
迷走を始めた美貌の黒騎士様と健気に忠誠を尽くす年下の番犬を放って、守るべきお姫様に心配をかけてしまった騎士もどきの上司は、確固足る自信をもらって浮かれていられるのだから。
「うちのお姫様は人気者だな」
どちらが隣に迫ろうと、泣かせるようなら叩きのめすまでだと不敵に笑えるのだから、人の悪い上司だな。