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後輩の思惑と恋心

一つのエピソードで視点違いの構成です。



* Sideイスズ



「イスズさん、そんなに、外に出たいんですか?」


窓越しに霧雨を見てたら、横からジェットに声をかけられた。


「まあね」


そう答える私は、外出禁止令が出てから一週間以上が経ってる。


おじいちゃんの家で聞いてたのとは一部違う内容の新聞記事を読んだ後、研究所メンバーで話し合いをした結果、とりあえず外に出ないよう言われた。

私以外の全員に。


みんな過保護すぎると思うんだけど、学校帰りのジェットも同意見だったせいで、こちらに同意してくれるのは鏡の国のお友達くらいしか頼めなかった。


「世間的には、次の建国記念と新コインの話題一色なんでしょ」


当初に心配されてた、興味本位の下手な注目を私もナナコさんも浴びることなく、今日まできてる。

一応、兄やワラさんからは研究所周辺の警備を強化してるし、ナナコさんからは女子のネットワークを通じて探りを入れてるとも言われてるけど、私的にはどちらも過剰で申し訳なさすぎる。


「いまのところ、僕の情報網にも引っかかるものはなさそうですよ。その代わりじゃないですけど、最近、妙な話を聞きました」


「妙な話?」


「はい。夜な夜な、城下の人気がない場所でカンカンという物音と苦しげな呻き声が聞こえてくるんだとか」


「ゴースト、ポルターガイスト!? 場所は?」


「それが、一ヶ所じゃないんですよね。僕が知ってるのはセントラルパークの脇にある森と外れにある廃教会と大きな劇場の裏手と……あ、城内の裏手とかも聞きました」


「どれも、同じ現象?」


「音の印象とか声は若干違いますけど、どれも必ず夜中で、静かな場所に金属っぽい音が響いて聞こえるみたいですよ」


「久々の調査案件だ! ……けど」


ちらりと所長に目を向けてみる。


「夜は駄目だ」


「昼間ならいいの!?」


こちらを一切見ないながらも期待が持てる返事に、つい、勢いよく立ち上がってしまう。


「部下を全員連れていく条件でな」


「上司は?」


「留守番がいないと困るだろ」


皆まで言わないけど、でないとナナコさんが一人になるって意味だろうな。

状況的に心配が多いのは私らしいけど、存在的に重要度が高いのはナナコさんだ。


「それと、これはあくまで研究所としての調査で、休暇じゃないからな」


もちろんです! と浮き足立つ私の横で、「てことは、平日の昼間だから、僕は部下なのに参加できないってことですよね」とジェットががっかりしてる。


「ジェットは部下の前に見習いだろ」


所長の言葉に、ジェットは「はい」と素直に返事をしつつも唇を尖らせる。


「じゃあ、イスズさん。その調査、せめて、明日にしてもらえませんか」


「そりゃ、今日は、もう無理だけど」


放課後のジェットがいる時間なので、すでに昼間とは言いにくい暮れた時間帯だ。


「明日、僕の学校に視察が入る予定で午前授業なんです。午後はクラブ活動の見学だから、どこにも所属してない僕は自由なんですよね」


期待する眼差しで見上げられて、ジェットが今日になって噂話を切り出したのは計算した上でだなと察する。

けれども、どれだけ計算高く、どれだけアザとブリッコな仕草でおねだりされようとも、絆されたくなるのがタラシのジェットだ。

たぶん、向けられる好意や要求に嘘がないせいだろうな。


「じゃあ、明日はセントラルパークの辺りを調査するから、お昼に待ち合せしようか」


「はい! あ、今日の帰りに、あの辺で美味しいランチの予約、入れときますね」


そのわかりやすい機嫌には笑うしかない。


「というわけで、みなさん。明日は、みんなで謎の怪奇音調査に行きましょう!」


久々の案件を高らかに宣言すると、同行メンバーは勝手に予定を決められたっていうのに同じテンションで応えてくれる。


「明日が楽しみですね」


ちょんちょんと腕をつついてきて嬉しそうに声をかけてくるジェットに、同じ笑顔で頷き返した。




∉ Sideジェット



「イスズさん。そんなに、外に出たいんですか?」


僕が窓越しに霧雨を眺めているイスズさんに聞いてみると、「まあね」の返事。


それは嘘だ。


イスズさんが何を待ちわびて、何を憂いているのか、いや、誰を待っているのか、可愛い後輩として熱心に見つめてきた僕にわからないはずがない。


チラチラと外に見える背の高いシュッとしたシルエットを探し求め、郵便物が届く度にそわそわとナナコさんに声かける。

どれも、さりげなさを装っているけど、僕には丸っとお見通しだ。

お見通しすぎて毎日落ち込む。


どうして、対抗できるまで育つのを待ってくれなかったのか。

年なんか関係ないと割りきって、強引に意識させることも、本当はできた。

まあ、その場合、研究所での見習いの立場も、イズクラ会長の座もなくなってただろうけど。


僕がイスズさんに向ける好意の出発点は恋する気持ちの前に、尊敬とか応援したいという気持ちが存在しているので、甘んじて可愛い後輩ポジションに居座っている。

そんな自分を後悔したくなかったし、あの事件の後でビームス所長の機嫌の悪さの中を頑張って立ち回ってみてから、ちょっとだけ頼みにされるようになったのは僅かながらも確かな成果だ。


どんな顔をしているイスズさんも可愛いけど、やっぱり元気に笑っていてほしいから、持ってる情報をフルに使って喜んでもらえそうな誘惑をする。

そして、計算高い僕のことなど承知の上で、可愛い後輩の誘いだからと乗ってくれるのはイスズさんの優しさだ。


研究者として観察眼のあるイスズさんが可愛い後輩のことで承知していないのは、恋心くらいだろう。


「明日が楽しみですね」


ちょっとでも気を引きたくて、つんつんと嫌がられない場所を選んで突つくと、笑って応えてくれる。

そこに微妙な陰りがあっても、可愛い後輩枠の僕は気づかない素振りで尻尾を振るしかないのだ。

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