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居場所のない騎士と少女


∅ Sideビートル



学校に向かうジェットを見送り、複数の新聞をめったに使わない所長室に持ち込むと、ソファに深く腰かけたついでに大きなため息がこぼれた。


王族相手に、嫌み兼ケンカをふっかけたことに後悔はない。

おかげで、うちのお姫様達を表に出さない結果を引き出せたのなら、俺個人が咎められようと大満足だ。

事務員のナナコは大事な部下だが、特に、イスズは研究所の副所長という以上に大きな存在なのだから。


四年ほど前の、現役騎士の最期のこと。

視界に塵や埃がちらつき始め、あえて気にせず放置していたら、ある日、模擬訓練の最中に支障をきたして同僚に悟られてしまった。


「残念ながら、いま以上に回復する見込みはありません。目薬を出しますので、よく労って、長く上手に付き合ってください」


強引に医務室に連れていかれ、あれこれと問診なり触診なりをされた診断結果は、この通り。

騎士団の生き字引なベテラン医師が平易すぎる明確な説明をしてくれたせいで、みっともなく縋りつきたくなる幻覚の希望すら見出だせなかった。


告知を受けた俺に浮かんだことはひとつだけ。

その足で向かった上役の執務室で診断結果を求められると、常にお守の如く持ち歩いていたシワくちゃの辞表を無言で提出して立ち去った。


――と、ここで退団が決まれば、いさぎのよい騎士として終われたんだろうが、俺の場合に限っては、それが認められなかった。


直の上役どころか、世話になった二つ名を持つ上級者から、入ったばかりの新人までもに熱心に惜しまれた。

それは、思ってもみなかっただけに嬉しかったけれども、大多数に、多少の視力が落ちようと大半の騎士よりは強いだろうと励まされる度に気持ちが萎えた。


確かに、身につけた技術が衰えたわけでも、経験を失ったわけでもない。

ただ、他の騎士とは違って、これより目指す高みがなかった。


それでも、自分一人のことなら生活のために続けていくのもありだったが、養成学校から順調に上がってきた立場はすでに隊長で、今更、平の騎士になっては隣に並ぶ相手がやりづらいだろうし、上につく方も気を使うだろう。

だからといって、辞めた後に何も残らないのが俺という人間だった。


光栄にも、ドラグマニル公が、個人所有の資料館を新設する予定があるから手伝わないかと誘ってくれたものの、気を使われるのも、役に立たないのもご免だと断った。


「暇だなぁ」


退団するにも手続きがあるらしく、住むところを探してくれるはずの友人も何かと難しいのだと引き伸ばし、のんべんだらりと暮らすには寮は気まずい。

というわけで、人目が少なく、呆けていられる場所としてキジ湖まで繰り出してきて、ベンチで微睡んでばかりいた。


何度目かの舟こぎで、ハッとしてから眠っていたのだと気がつき、更に、知らぬ間に隣に子どもが座っていて驚いた。


「あ、それ」


足を揺らし、わざわざ外で本を読んでいるので、どんな内容かと覗いてみたら、見覚えがあったので声を上げてしまった。

その途端、子どもはこちらを向いて「知ってるの?」聞いていた。


「ああ、子どもの頃の話だが」


「じゃあ、キッシー好き? 見たことある?」


キラキラした目で見上げてくる少女が持っているのは、オカルト大百科。


「俺の時にはキッシーなんて載ってなかったけど、嫌いじゃないな」


気前よく答えると、少女は生き生きとキッシーの生態について語りだした。

その翌日も顔を合わせ、向こうから声をかけてきたわけだけど、こちらが不精髭だったせいか、管理人に不審者扱いをされて、危うく護衛所に通報されるところだった。

助かったのは、その子がオカルト友達だと強く主張してくれたからだ。


それから、度々、並んでキジ湖を周回し、色々な話を聞く仲になった。

その女の子、イスズ・コーセイは学校に居場所がないのだと言い、年の差や環境は違えど、同じく居場所のない俺は妙な仲間意識を持ってしまった。


けれど、すぐに、それは気のせいだったと思い知らされる。


イスズは家での勉強を怠らず、キジ湖に通うのも、単なる暇つぶしではなく、研究のためだと意気込んで語り笑った。

研究者になれば、好きなことを喋っても、おかしいと指をさされることもないはずだから、と。

おまけに、子どもが一人の隙を狙った男に拐かされそうになった時には、手製の刺激が強い香辛料を含んだ液体を噴射して、仮にも騎士の自分が駆けつける目前で解決してしまったから驚いた。


本当に、情けない己とは比べものにならないほどのしっかり者だった。


だからか、完全に退団する手続きが完了する直前に、ドラグマニル公から再度、資料館を手伝ってくれないかと誘われ、オカルト研究所として開設し、人事を任せてくれるなら協力すると言ってみたら、さほど悩まずに了承されて焦った。

ドラグマニル公が不思議な話を好むのは知っていたので、冗談半分の夢物語で望んでみたら、思い描いたまま手のひらに乗せられたのだから。


さすがに、人事権を行使する前にドラグマニル公にイスズを紹介してみたけれども、想定外に気に入られ、おじいちゃん呼びを許されていた。

イスズがドラグマニル公を前国王だと知ったのは、室長に就任してからしばらく後の笑い話だ。


研究所を開設する際に一番大変だったのは、イスズが家を出ると言い出した件だ。

色々揉めたし、俺も含めて反対は多かったものの、結果的に頑固なイスズが勝利した。

俺の後継として目をかけられているのがイスズの元兄のクレオスという縁もあり、研究所で俺が保護者として同居する条件で成立した話だ。


こうなったら、とことん面倒をみようと相当な覚悟をして研究所の運営方針に悩まされる一方で、イスズとの同居自体には何も煩わされることがなかった。


研究所にはドラグマニル公も顔を出すが、隠居していても忙しい身なので基本は任せきり。

俺の方は、一応、荷物置きとして借りておいたアパートを、単身者向けだから隣人との付き合いがなくて気楽だと紹介されていたので、常に騎士団や寮で集団生活に慣れきっていた身としては、人の気配がない暮らしは想像以上に堪えていたかもしれない。


そんな風だったから、年の差はあれど共通の話題があって、頑張り屋で、得意不得意に素直なイスズの保護者は心地がよかった。

騎士を辞めた俺でも、団で覚えた書類の書き方や人の見方、時には護身の構えなんかを拙くも教える日々は、無力感に苛まれる暇もなかった。


友人であり、同僚であり、そして、妹のような恋人以上のような、そんな光が射すばかりの暮らしは、何もない俺に驚くほど安らぎを与えてくれた。


その内、研究所にちょっとした事情で騎士団に居づらくなった元後輩や事務員のナナコが仲間入りしたりと、小さなさざ波が立ちつつも楽しい毎日の中でイスズに宣告されてしまった。


「同居を解消しよう」と。


そんな日が、いずれ来るのは目に見えていた。

お年頃の女の子に育った。

完全に信頼しきってくれているので、いざとなったら、こちらから切り出すつもりでいたはずなのに、蓋を開けてみたら向こうから言われてしまったわけだ。

おまけに、こちらとしては家族とか半身みたいな感覚で、もう少し添い寝していたい未練がたらたら。


しかし、最初から大人になるまでとの約束でもあり、イスズが意識し始めてしまった以上、自分が万が一の気分にならないとも限らないので、厳重な戸締まり確認を義務づけた後に同居を解消した。


「それでもな」


ちょっと出張している間に、妙な事件に巻き込まれていたものだから、目の届く場所にいる限りは何も見逃すつもりはなかった。

それだけの自信があった。

にも関わらず、唐突な誘拐騒動の渦中とはいえ、イスズの違和感に気づいたのはソレイユ・ヴァンフォーレだった。


多感な時期を共有していた自分より先に違和感に気づいたことが、大人げなく苛立った。

というよりは、正直なところ、普通にショックだった。

普段から、研究者として些細なことでも目に留まったなら報告するよう言っていたせいか、あんな場面で隠し事をしているとは思わなかったのだ。


「いや、どれも言い訳だな」


自分よりも、イスズを見ている相手が現れたというだけの話だ。

それでも、ダメージはじわじわと効いていて、ピリピリと気が立っているのも確かで……。


「はあ、許しがたい」


どれだけ大人ぶろうと、取り繕った内側には身勝手にも独占して可愛がりたい保護者ぶった己が居直っているだけだ。

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