朝刊
* Sideイスズ
「……なんで??」
「ナナコさんのことも、一切出てないですね」
久々に研究所で迎えた朝である。
昨日、最後まで側についててくれようとしたナナコさんを彼氏さんのところに送り出し、不機嫌オーラでいっぱいのビービーに気まずさを感じつつ研究所に着いたところで学校帰りに顔を出してくれた元気なジェットに救われた。
しかも、何かを察してくれたのか、事件聴取については何も聞かず、ピリピリしてる間を取り持ってくれるというスペシャルな気遣いを見せてくれたついでに、ビービーと一緒に一泊してもくれた。
年上なのに情けないとは思ったけど、素直に甘えてしまった私は、かなり弱ってたんだと思う。
そんな翌日である。
ジェットがひとっ走りして買ってきた新聞各紙には、昨日の説明とは違う内容が載っていた。
まず、あの事件の扱いが、サハラが事前の通知なくモモカ姫を茶会に招いたせいで護衛の者と行き違いとなり、一緒にいた市民が巻き込まれたのだとされていた。
そのモモカ姫については、他国の王族と見合い話が上がっているので、静かに見守ってほしいとされている。
ソレイユさんの名前が出てるのは、モモカ姫と噂になっていたが、王家が認める認めない以前に、二人の付き合いは姫と護衛騎士でしかないので、何も関係がないと書かれた一文しか見つけられなかった。
先日の泥沼スキャンダル記事についてだって、プライベートなことには関与しないと返して終わりっぽい。
他は聞いてたまま、次の建国記念日にラグドール王が療養していた両親と一緒に挨拶することや、硬貨のデザインを変更することがメインの扱いとして載せられていた。
あれだけ王様がプッシュしたがってた熱愛のねの字もない。
「名誉会長が頑張ってくれたみたいですね」
などとジェットは素直に喜んでるけれど、昨日の話を聞いてる分には、研究所の名誉会長ことドラグマニル公も熱愛報道に前向きだったはずなのに。
私は昨晩、馬車の中でナナコさんに言われた、とあることを一人でグルグルと考えてた。
だから、あんな風にビービーが庇ってくれたけど、国で一番偉い人にあれだけ強制的に確かめられた気持ちを利用されないなんて、正直に言って拍子抜けだ。
もちろん、現在の予想外れの状況の方が地味庶民としてはありがたいんだけど、気合いとか気持ちとかに昨夜から活を入れてた身としては、肩透かしを食らった気がして物足りなさを感じてしまう。
「これで、一安心ですね。僕はこれから学校ですけど、イスズさん達はどうするんですか?」
さすがに、今日から仕事というのはナナコさんと私が辛いだろうからと休みになったものの、今後の対策もしときたいということで、昼すぎにみんなで研究所に集まることになってる。
「なら、心配ないですね。学生の僕が参加できないのはとっても悔しいですが。今日、学校が終わったら、絶対に寄りますからね」
「うん。どんなことを話したか、教えてあげる」
「約束ですよ。……でも、イスズさん、それまで大丈夫ですか?」
新聞紙を衝立て代わりにしながらのジェットは、ちらりと無口なビービーに目を向ける。
「大丈夫でしょ。朝ごはん食べたら、もう一眠りするって言ってたし、記事の内容もこれだったから」
「まあ、そうなんですけど」
軽く否定しても、ジェットが疑いの眼差しなのは仕方ないかもしれない。
それくらい、昨日のビービーは雰囲気がブラックだった。
もちろん、私のことを思っての言動なのはわかってるけど、こちらが発言内容を理解して大混乱に陥る前に庇われたせいか、本当に途方に暮れただけで、何も反応できなかった。
正に、頭が回らないという状態だった間に、ビービーに連れ帰られた。
なのに、今日、こうしてビービーの機嫌やジェットの気遣いに気をかけていられる余裕があるのは、おじいちゃんのお屋敷から帰る馬車の中でナナコさんが厳しいながらも必要なことを言ってくれたからに他ならない。
自分だって誘拐されたばっかりで落ち着かないはずなのに、びしばし言ってくれたことには感謝しかない。
ただ、これからどうしたいかは、一晩考えてみても、ちょっとまだ定まりそうにないけど。
「イスズさん……」
「ん?」
ジェットに呼ばれて見返したら、不安げな顔をしていたので、また、気を使わせてしまったのもしれない。
「あの、お腹空いてきちゃったんですが」
「あ、ごめん。だよね。それに、ジェットは学校もあるんだし。すぐ持ってくるから、待ってて」
買い溜めしてある非常食と昨日のジェットの差し入れも合わせれば、それなりの朝ごはんにできるはず。
慌てて立ち上がると、手伝いますとジェットも続くので、仲よく並んで研究室を出た。