後押し
※ Sideソレイユ
誰よりも慕っている上司に騎士としての不甲斐なさを指摘されるなんて、それこそ不名誉この上ない。
しかも、クレオス隊長は上司というだけでなく、イスズさんの兄でもあるのだから、個人的にも気に入らないと言われたも同然で、二重の意味でダメージは深刻だ。
「なるほど、クレオス・ボーデンの言い分は理解した。ついでだ。ビートル・ビームスの意見も伺おう」
ここでラグドール王は、ビームス所長にも意見を求めたけど、似たような内容になるのだろうなと身構えてしまう。
「ありがとうございます。ですが、何度問われても、私の主張は昨日から変わりありません。ここにいるイスズは研究対象のオカルトに関わるのでなければ内向的で、控えめな性格をしているので、王家の不名誉返上を担うような大役は、とてもじゃないですが務められません」
クレオス隊長から冷えた気配を感じていたものの、それどころじゃないの寒気を感じて緊張感が増した。
確かに、ラグドール王は王家のイメージアップを謀りたいとは言っていたけど、それを下位の人間から明け透けな言葉で指摘し直すのは別の話だ。
しかも、若干の毒っけというか、腹黒さを孕んでいるのだから、クレオス隊長よりも一研究所所長の方がよほど強気で恐ろしい上に、まだ留まる様子がない。
「第一、偽りの関係を後押ししては、本末転倒ではありませんか」
「偽りではないだろう。たった、いま、ソレイユ・ヴァンフォーレの真意を確認したではないか」
「いいえ、ラグドール王。それは、あくまで、片想いが明確になっただけです。対するイスズは騎士様の名誉を慮り、一貫して友情を主張していたではないですか。明確な温度差は完全な一方通行だと証明していますし、友人として親しみを感じていた方にとって、この状況はある種の裏切りです。ですから、事件解決に奔走した功労者のイスズを追い込むような無体はおやめください。そして、顔色の悪いイスズの退出を、どうぞ寛大なお心でお許しくださいませ」
ビームス所長が、ナナコさんを挟んだ隣にいるイスズさんを心配そうに覗き込んで頼んでいるけど、やはり、こちらから表情は見られない。
「……仕方ない。許そう。ナナコ嬢も一緒に帰るといい。ビートル・ビームス、帰りもこちらの馬車を使いなさい」
「ありがとうございます、ラグドール王」
ソファから立ち上り、丁寧に礼の意を示したビームス所長は退出の挨拶をすると、動きの鈍いイスズさんを抱き支えて目の前を通りすぎていく。
イスズさんとの間にビームス所長が回ったので、同じ室内にいながら、最後まで顔を見ることが叶わなかった。
「さすがは、ドラグマニル公が拾いに出向いた人材だな」
ラグドール王の呆れ半分な高評の呟きは、近くにいる従者のラテアと対面していて唇が読めた自分だけが聞き取れたことだろう。
しんと静まり返った豪華な部屋にドアの閉まる音がやけに響き、途端に、呑気に見送り突っ立っていた自分に血の気が引く。
そうして、何を置いても訂正を訴えなければと罪悪感に苛まれて膝をついた。
「ソレイユ・ヴァンフォーレ?」
ラグドール王が不思議そうに聞いてくるが、この時点で、立てている片膝が胸を押し潰すくらい頭を下げるほど後悔しかない。
「話を聞こう、ソレイユ」
そんな焦りを、そっと受けてくれたのはドラグマニル公だ。
「はい。申し訳ありませんが、先ほどの私の発言はなかったものとさせてください」
「では、先ほどの問いの答えはどうする?」
「友人の、いえ、知人の一人として好感を持っていただけだとさせてください」
「わかった。望む通りに計らおう」
「ありがとうございます。処罰はいかようにも受け入れます」
「いや、今回に関しては咎めはしない。そもそもは、こちらが続けて対処を見誤ったせいだ」
なんとも言えない返答に僅かに目線を上げれば、ドラグマニル公こそ後悔しきりといった感じで項垂れて見える。
「あの、失礼ですが、急にどうしたのですか」
ラテアがラグドール王に代わって聞いてきたので、こちらもドラグマニル公が自分の蒼白になった理由を代弁してくれた。
「人目のある場所で誰に憚ることなく想いを告げられて喜ぶ女性は多いでしょうが、イスズはそういう性格ではないんですよ」
改めて人に言われると、堪えるものがある。
あの場は、王の前だろうと答えるべきではなかった。
少なくとも、イスズさんの顔も見ないで告げることはではなかったし、騎士としてではなく、ソレイユ・ヴァンフォーレとして伝えなくては通じるはずもなかったのに。
「ああ、なるほど。ともすれば、王族の意向を汲んだ出世目当てと思われる可能性もありましたね」
思ってもみなかったラテアの指摘に、ぎょっとする。
何がどうなったら、一世一代の私的な告白が、生臭い出世話になるというのか。
しかし、一理ある流れだっただけに、絶望すぎて目眩がしてくる。
「黒騎士とモモカとのマスコミの扱いについて、以前から把握はしていたが、王家に害がなかったので放っておいた。具体的に断定してあるものでもなかったからな。しかし、そのせいで迷惑を被っていた若者に、お詫びのつもりで本当に想っている相手を後押ししようという話が出ていたんだ」
ドラグマニル公の状況説明に、再度、ぎょっとする。
そんなのは、イスズさんがもっとも迷惑に思う環境じゃないか。
「本当に、重ね重ねすまない。今度こそ、こちらで調整をして、イスズだけでなく、ナナコも巻き込まない形での会見を開こう。ラグドール王、もう少しだけ、草案に付き合っていただけませんか」
「ああ、もちろんだ」
「ソレイユ、それにクレオスとサクラも下がってくれ」
個人的には言い足りない気分だけれども、それ以上に語れる言葉も気力もなかったので、大人しく下がることにする。
これで、本当にイスズさんと合わせる顔がなくなったのだと思うと、虚しさしか残っていない。
何もかも、自分のせいだという辺りが情けなくて不甲斐なかった。
「ソレイユ」
廊下に出て声をかけてきたのは、同じく退出してきたクレオス隊長だ。
さぞかし、ビームス所長と同様に怒っているのだろうと思っていたら、無表情に近く、その他に隠れている感情は読み取れそうにない。
「私的な失態により、多大なるご迷惑をおかけしました。処分はなんなりと承りますが、今日のところは見張りの任務に戻ります」
どう思われようと、不甲斐ない自分には騎士としてあることしか心の持ちようがなく、それこそ、私情を滅して務めに励むだけだ。